3月21日

もうあとがない大滝詠一、伊藤銀次からみた「A LONG VACATION」

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photo:SonyMusic  

ありそでなかったポップサウンド、大滝詠一「A LONG VACATION」


不世出、会心のポップアルバム、「A LONG VACATION」が大ヒットを遂げた時、僕は大滝さんにおめでとうの電話を入れました。そしてそのとき、どうしてこんなに素晴らしい、思いっきり振り切ったポップスへのアプローチができたのか… を尋ねたら、返ってきたその答えがすごかった。

「そりゃあもう、これが遺作のつもりで作ったんだから」

いま思い返しても、はじめて「A LONG VACATION」の全貌を耳にしたときの気持ちを言葉にするのはなかなか難しいものでした。

それは、それまでの大滝さんのアルバムにはありそでなかった、そして誰もが期待していたけれど大滝さんの性格を考えると決して実現することはないのだろうな… と半ばあきらめていた、信じられないほど混じり気のない、どこにも寄り道のない、うれしうれしの大直球の、さわやかだけどある意味とっても濃厚な一大ポップサウンドが輝きを持って僕たちの前に、あまりにもさりげなく広がっていたからでした。

広いジャンルを表現できるスーパーアーティストだったが…


はっぴいえんどのファーストアルバムで大滝さんの作品と歌に出会って以来のフォロワーでもある僕にとって、大滝さんは、しっとりとした繊細なポップバラード、軽やかなポップロック、ガッツあふれるエネルギッシュなロックサウンド、ちょっと小粋なソウルミュージックからコミカルで “趣味趣味” なノベルティソングまで、広いジャンルを八面六臂に表現することができるスーパーなアーティストでした。

僕にとってこの “五目味” こそが大滝さんの一番の魅力ではあったのだけど、その守備範囲の広さがかえって、傑作CMソング「CIDER ’73」や『大瀧詠一ファースト』などで垣間見せてくれていた、マニア以外にも受け入れられるメジャー感を見えにくくさせていたところがあったことは否めないと思います。

それどころかアルバムを追うごとに大滝さんのノベルティー的趣味趣味音楽への傾倒は頻度を増していき、ちょうど『ロンバケ』の1枚前のアルバム『LET’S ONDO AGAIN』(これはこれでまた名作ではありますが)までたどりついたときに、ついにそれが極限まで達したような気持ちになって、さすがの僕も「もう師匠にはついてはいけないかも、大滝さんはもう僕たちの手の届かないところへ行ってしまったのか…」と寂しい気持ちになり、う~んナイアガラ・レーベルは大丈夫だろうかとても心配な思いでいっぱいになったものでした。

ナイアガラ・レーベルの不遇… めげずに踏み出した新しい一歩


その嫌な予感は残念ながら当たってしまいました。ある日大滝さんから「ナイアガラが倒産して、福生のスタジオも閉めてしまうことになったよ。スタジオ閉めパーティをやるから銀次もおいで」との電話があったのでした。風の便りにその倒産の話は僕の耳にすでに届いていたので「やっぱりな…」と残念な気持ちで参加しました。

もうあとがない大滝さん。ほんとにこれからどこへ向かっていくのだろうか。何か手伝ってあげたいけれど僕は僕で不遇だった70年代を終え、迎えた80年代で沢田研二さんや佐野元春君と出会うことができて、やっとなんとか自分らしい活発な動きを始めたときだったので、とてもレーベルを救う余裕などありませんでした。だから、ただただ心配が募るばかりでした。

そうこうしているうちに、それからちょっとして「今またレコーディングしてるから、よかったら遊びにおいで」との電話がまた大滝さんから入ったのでした。

「おお! あれほどのことがあったのに、師匠はめげるどころかまた新しい一歩を、もう踏み出し始めたのか!!」うれしさに心震えてレコーディングが行われている、今はもう存在しない六本木ソニー・スタジオ(通称・六ソ)まで出かけることにしました。その頃いっしょに活動をしていた佐野元春を誘って。ちょうど彼のアルバム『Heart Beat』を制作していた頃だったと思います。

度肝を抜かれたレコーディング、スタジオに響き渡る音の壁


アルバムのレコーディングは、もう最後のあたりに差し掛かっていたようで、その日録音していたのは、僕の記憶では「さらばシベリア鉄道」でしたが、そのスタジオに入った瞬間に、いきなりそのレコーディングのやりかたにすっかり度肝を抜かれてしまったのでした。

通常のいわゆる4リズムに加えてエレキがもう1人、アコギが4人の編成で録ったリズムトラックにさらに各楽器をもう一度ダビングするやりかたは生まれて初めて目にするものでした。その結果、六ソのラージスピーカーから聴こえて来るのは、心地よくナチュラルコーラス効果のかかったリズム隊の音の壁!!

「おお! これだったのか! あのフィル・スペクターのウォール・オブ・サウンドは!!」

僕も佐野元春もスタジオに響き渡るサウンドの前でしばし立ち尽くしてしまいました。この日のレコーディングこそが、後に歴史的名盤となるこの『A LONG VACATION』のレコーディングだったのでした。

大滝詠一が放った “大” 王道ポップアルバム


なにかが起きている―― いろいろあった後、たった1日でしたが、大滝さんの新しいアルバムへの予感が膨らんだ体験を経てから聴くことのできた『A LONG VACATION』の全貌はもう言葉に表せない感慨に溢れたものでした。

まさかあの苦境の中から生まれてきたとはとても思えない、パーンと抜け切った爽快感! これまでに大滝さんのロマンチシズムがこれほどまでに強く、太く、はっきりと全面に出ているアルバムはなかった。まさかこの時点で、こんな “大” 王道ポップアルバムが僕たちの前に登場するとは誰が想像できたでしょう。

それは、感動などというものをはるかに通り越して深く心を動かしてくれるものでした。大滝さんの好きな野球に例えると、延長12回裏に出た起死回生の逆転満塁サヨナラホームラン。あの状況で、大滝さんがその氷山の見えなかった部分に忍ばせておいた、とっておきのポップワールドのパノラマが、ついにその姿を世に表した瞬間でした。

あらためて大滝さんのアーティストとしての力強さ、たくましさ、そしてその真の実力に、強いリスペクトを感じたアルバム。『A LONG VACATION』は僕にとっても特別なアルバムなのです。



2021.03.21
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  YouTube / Sony Music (Japan)


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カタリベ
1950年生まれ
伊藤銀次
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