大滝詠一との出会いから人生が一転する。
「南海ホークスとして、パ・リーグでやっていくつもりなら、俺はやらない。両リーグで覇権を獲る、巨人と戦って日本シリーズで勝つという気持ちがあるなら、東京へ来なさい」
1972年、ロサンゼルスから帰国したばかりの大滝詠一は大阪で燻っていた伊藤銀次のアパートに一泊し、音楽談議で一晩を過ごしたという。その晩、伊藤がリリースしたばかりのレコードを聴きながら、遠慮のないダメ出し。
伊藤銀次さんは、この時のことをトークイベントで次のように語った。
「ボロクソに言われまして… ただ、制作者として、ここは何でこうならないんだとか、いろいろなことを言ってくれた。これはもう、嬉しかったですよ」
2018年9月24日(月・祝)、場所は代官山のWGT(Weekend Garage Tokyo)。Re:minder と BS12トゥエルビ『ザ・カセットテープ・ミュージック』のコラボレーションイベント第2弾―― 題して『Re:spect vol.2 ー 人間交差点 ♪ 伊藤銀次』。
この日、ホストを務めたスージー鈴木は、普段以上に緊張している様子。音楽評論の革命者という肩書を以ってしても、それは無理のないことだった。
「この方の手掛けてきた音楽というものをずっと聴き続けて参りました。大きな拍手でお願いします… あの伊藤銀次さんです!」
そう紹介すると、観客席からは割れんばかりというよりは、ある種、尊敬の念の入り混じった優しくも力強い拍手が送られた。まさにこのイベントの名称通り「リスペクト」だった。
歌手、ギタリスト、作曲家、アレンジャー、音楽プロデューサーとして多彩な音楽活動を続けてきた伊藤銀次さん。大滝詠一、山下達郎、沢田研二、佐野元春、ウルフルズといった様々な才能との出会いについて、今回もスージー鈴木は独特のトークセンスと知性で、数々の真実を引き出してくれた。今回はその一部を紹介する。
高円寺の駅近くにあったロック喫茶ム―ヴィンでビーチ・ボーイズの「ウェンディ」がかかる。レコードがオリジナル盤でないことに気付くが、その声の主は若き日の山下達郎だった。
このエピソードについての詳細はスージー本人も当サイトのコラムで語っているが、その時の様子を伊藤銀次さん本人が記憶のピースを取り出しながら細かに語り出す。
「ビーチ・ボーイズよりもビーチ・ボーイズらしい。パンッと聴いたときに歌い方のセンスがずば抜けていた。びっくりしたんです」
そこに立てかけてあったジャケットを見るとまるで手書きのようなデザイン、今で言うインディーズもの。ジャケットの裏側にある連絡先にはバンドメンバーの電話番号があった。さっそく連絡を取りレコードを手に入れる。さて、それから福生にある自分の部屋に帰ってそのレコードを聴いていると大滝詠一がふらっとやってくる。
「よぉ、何してる? ん? 何だそれは…」
「大滝さん、今どき、ビーチ・ボーイズのカヴァーやってる人がいて買ってきましたよ」
すると――
「うん、面白いねぇ、連れてきなさい」
大滝詠一と山下達郎を結び付けたきっかけについて、銀次さんは事もなげにさらりと語る。そして、ここから初対面の大滝詠一に山下達郎が反抗に及んだ話へと続いていく。はっぴいえんどの解散コンサートに、コーラス担当として出演を依頼したときのエピソードだ。開口一番、山下達郎はこう言った。
「コーラスグループって勝手に思っているかもしれないけれど、僕らは自分たちの演奏もするバンドなんです。誤解してもらっちゃ困る!」
当時はそれを傍で聴いていて、凍り付いたと言いながら、さらに「大滝詠一=山下達郎」の当時の関係性を細かに紐解いていく。シュガー・ベイブのメンバーが帰った後に、大滝詠一はニコニコとしながらこう言った。
「いいねぇ… 生意気なのはいいねぇ、あいつはいいよぉ」
そして、『若獅子』とあだ名を付けた。銀次さん曰く――
「山下君と大滝さんの関係っていうのは合うんだよね。大滝さんは山下君のトンがってるところをやんわりと受け止めていた」
大滝詠一という人には普通の尺度では計れないものがあった。そこには大滝独自の世界があり、曲作りとなれば人を見るときは必ず音楽だけで見る。山下達郎の音楽への熱情を汲み取ったのか、「すごく、良い」と言って生意気に見える後輩を瞬時に認めたのだという。
そこで、スージーは日頃から気になって仕方がなかった
「告井延隆ラーメン破門事件」についての真相を知るべく、さらにツッコんでいく。
もうご存知の方も多いかと思うが、一応説明しておくと…「告井延隆ラーメン破門事件」とは、福生のスタジオで大滝詠一の作ったインスタントラーメンを口にした告井さんが、それを「不味い」と言ってしまったがために、即刻「破門」になったというもの。そのため告井さんが参加するはずだった『ナイアガラトライアングル VOL.1』には山下達郎が加わることになる。スージーが銀次さんに聞く――
「これは事実ですか?」
「そうですね」
即答だった! さすが、人間交差点である。大滝さんから突然の呼び出し。駆け付けるとカンカンに怒っている。
「告井はもう出入り禁止だ!」
会場は信じられないという驚きと共に銀次さんのやさしげな雰囲気に惹かれてか和やかな笑い声に包まれる。そして、そうした宝石のようなエピソードが次々と語られていった。
大滝詠一が話題にすることといえば音楽と同じぐらいお笑いの話が多かったこと、ウルフルズ「大阪ストラット・パートⅡ」の制作秘話、沢田研二との初遭遇から、「彼女はデリケート」における沢田研二と佐野元春との邂逅について… 佐野元春の体を張った歌いっぷりに刺激されていたというジュリーのレコーディング話には、とても興味深いものがあった――
大滝詠一に影響され音楽評論の道を歩んできたスージー鈴木と半世紀に亘ってポップミュージックの世界を駆け抜けてきた伊藤銀次。ナイアガラという巨星に導かれた2人の話は最後まで尽きることは無かった。
第二部・伊藤銀次アコースティックライヴ
Set List
1. ウキウキWatching
2. DOWN TOWN
3. 幸せにさよなら
4. こぬか雨
5. BABY BLUE
アンコール
1. CONGRATULATIONS
Re:minder より
ご来場いただきました皆さまに心から御礼申し上げます。そして、スージー鈴木さまはじめ、楽しいトークとライヴをプレゼントしてくださった伊藤銀次さまに大きな拍手を。
2018.10.05