8月29日

中村あゆみ「BROTHER」盟友・鎌田ジョージのギターと揺るぎなきロック魂!

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伝説のTV番組「ベストサウンド」初代アシスタントは中村あゆみ


唯一無二のハスキーヴォイスと屈託のない笑顔。初めて中村あゆみを知った時に受けた鮮烈なイメージは、今でも脳裏に焼きついている。そのきっかけとなったのは、1985年4月3日から約半年間に渡りNHK教育TVで放映された『趣味講座 ベストサウンド』(以下、ベストサウンド)だ。「翼の折れたエンジェル」の発売が4月21日だから、ほぼ同じタイミングということになる。

公共放送が趣味講座の一環としてロックやバンドといったテーマを取り上げたのは、“ロックは不良の音楽” という、今では信じられない風潮が少なからず残っていた時代に、画期的なことだった。個人的にはラウドネスやVOW WOWをはじめとしたジャパメタ系のアーティストの多くが、ゲストや講師で次々登場するのが何より嬉しく、番組のテキストを本屋で手に入れて、毎回の放送日を心待ちにしたものだ。

そんな伝説の番組において、メイン講師のキーボーディスト難波弘之とともに、初代アシスタントを務めたのが中村あゆみだった。テキストの表紙にはプログレの貴公子的な佇まいの難波とともに、笑顔を浮かべる弱冠18歳の彼女が載っており、今思えばロックへの偏見や怖いイメージを覆す絶妙な人選だったように思える。

番組内では毎回ではないものの、中村あゆみの歌唱コーナーも設けられ、その個性的な歌声だけでなく、「翼の折れたエンジェル」を、彼女のバンド “ミッドナイトキッズ” を従えたスタジオでのライヴヴァージョンで初めて耳にしたのは『ベストサウンド』においてだった。

国民的ヒットソング「翼の折れたエンジェル」の恩恵と呪縛


『ベストサウンド』への出演が、中村あゆみにもたらしたものは少なくなかった。まずプロモーションとしての側面だ。トレードマークのハスキーヴォイスを全国にアピールできただけでなく、底抜けに明るく無邪気なキャラクターが、難波や様々なゲストとの軽妙で楽しいトークを通じ、大きな魅力として音楽ファンに伝わったからだ。

一方、視点を変えると、まだキャリアの浅かった中村あゆみ自身にとっても、様々な音楽に触れて学ぶ貴重なきっかけになったはずだ。番組内ではロックを中心に多方面のジャンルが紹介され、アーティストによる各パートのレッスンが行われた。音楽プロデューサー、高橋研に見出された当初、音楽的な知見が殆どなかったという彼女にとって、番組を通じて触れた音楽やアーティストの多くが、新鮮な刺激となって響いただろうし、得るものも多かっただろう。

番組とともに成長していく中村あゆみと比例するように、「翼の折れたエンジェル」はロングヒットの兆しをみせ、アシスタントの役目を終える頃には状況が一変。山下久美子、白井貴子といった80sの女性ロック系シンガーの系譜を紡ぐ、次代の有望アーティストとして脚光を浴び、スターダムへの道を駆け上がっていった。さらには中村あゆみのヒット曲という範疇に留まらず、エヴァーグリーンな名曲としての評価まで次第に確立していく。音源制作のみならずライヴやツアーを積極的に行い、遂にはAYUMIDAYの一環で日本武道館公演まで実現させた。

良くも悪くも、「中村あゆみ」イコール「翼の折れたエンジェル」というイメージが、世間に浸透していったのは間違いない。メガヒットはアーティストにとって大きな称号であると同時に、その後の活動次第では一発屋と揶揄される懸念もはらむ、諸刃の剣の側面を持っているのは周知の通りだ。

彼女の場合、オリコン2位を記録した「ちょっとやそっとじゃCAN'T GET LOVE」をはじめ、高橋研が手がけた数々の楽曲でスマッシュヒットを飛ばしたものの、「翼の折れたエンジェル」でお馴染みのシンガー、というイメージが必要以上につきまとっているように思えた。それは「翼の折れたエンジェル」で見られた、サックスを曲中にフィーチャーしたアレンジがその後の楽曲でも多用されるなど、サウンド面で近い方向性を追求した点も大きかっただろう。

「BROTHER」誕生! 鎌田ジョージとの深い絆が生んだ迷いなきハードロック


時は1987年、アーティストとしての自我が芽生え始めた中村あゆみは、デビュー以来タッグを組んできた恩師、高橋研との創作活動から一時離れる決断をする。その間に音楽への知見を蓄積してきた彼女が、当時好んで聴いてきたのが、ブライアン・アダムスやボン・ジョヴィといった洋楽アーティストだった。この頃の音楽的な嗜好について近年、自身のブログでこう述懐している。

「高橋研さんには申し訳ないが、とにかくサックスサウンドからギターサウンドに変えたくて変えたくて… しかもハードロックな音に!」

そんな思いを募らせながら自分の周囲を見渡した彼女は、ふと気づくことになる。デビュー前からミッドナイトキッズでずっとギターを弾いてくれた盟友、鎌田ジョージの存在だ。まさに灯台下暗し。鎌田こそが思い描く音楽へと導いてくれる最適な人物だったのだ。

寡黙で無愛想だったというギター職人肌の鎌田ジョージは、多くを語るのではなく自らのギターを通じて対話し、中村あゆみが求める音楽を共に創り上げていった。新たなアイデアはどんどん膨らみ、鎌田が奏でるハードにドライヴするロックギターを中心に据えることで、確固たる芯が生まれていった。

目指したのは “バンドらしさやライヴ感のあるタイトな音作り”


レコーディングには鎌田ジョージのみならず、ライヴを中心に中村あゆみを長年サポートしてきたミッドナイトキッズのメンバーもこぞって参加し、よりバンドらしさやライヴ感のあるタイトな音作りを目指した。

今演りたい音楽であるハードなロックを貫き通す。かくして、二人の共作で遂に誕生したのが、新たな代表曲と言えるシングル「BROTHER」だった。ジャケットのアー写には、中村あゆみだけでなく鎌田ジョージのクールな姿がしっかりと刻まれている。

熱き二つのロック魂の交錯が生み出した楽曲は、力強く響き渡るタイトルコールのアカペラで幕を開ける。“ツー、スリー、フォー!” 中村あゆみの元気一杯のカウントを合図に、勢いよく楽曲は走り出す。タイトなリズムに乗せて、伸びやかで印象的なギターフレーズとシンセのリフレインが躍動する様は、敢えて隠すことのないボン・ジョヴィからの強い影響を感じさせる。

 新しい時代を創りだせばいいのさ

歌い出しの歌詞そのままに、今まで以上に活き活きとしたヴォーカルからは、代表曲「翼の折れたエンジェル」に留まらない、90年代をこじ開ける熱きパワーをひしひしと感じ取れるはずだ。

 BROTHER ! BROTHER!

幾度も繰り返される、どこまでもポジティヴなパワー漲るサビメロの、なんたるフックの強さだろうか。思わず拳を振り上げシンガロングしたくなるタイトルコールは、挑戦を恐れずに突き進む人々への応援歌にさえ聴こえる。中間部にフィーチャーされたギターソロも聴かせどころだ。楽曲のメロディを効果的になぞりながら、伸びやかで突き抜けるようなフレーズを奏で、楽曲をさらなる高みへと導いていく。

クライマックスに差し掛かる頃には、聴くもの誰もが心の中でBROTHERコールを叫び、中村あゆみと鎌田ジョージ、そしてミッドナイトキッズが、目の前でライヴパフォーマンスを繰り広げるシーンを想起してしまうだろう。

中村あゆみのキャリアに欠かせないハードロック


このシングルの1ヶ月後には、同名のアルバムもリリースされた。ここでも18歳の頃と変わらない笑顔を浮かべた中村あゆみと、クールで斜に構えた鎌田ジョージの姿が見て取れる。多くの楽曲ではシングルの作風を踏襲し、ハードなギターをフィーチャーする一方で、サックスも効果的に盛り込まれ、じっくり聴かせるバラード等も収められた。バランスのよい作風の中で、中村あゆみ流儀のハードロックがここに完成したと言えるだろう。

鎌田ジョージとのハードロック路線は1991年のアルバム「Caleander Girl」、1993年の「DREAMS」に至る3部作として続き、「HERO」「MIDNIGHT HALLELUJAH」をはじめとした、中村あゆみのキャリアに欠かせないハードロックの良曲を、幾つも生み出すことに繋がった。

中村あゆみはその後、活動休止など紆余曲折を経て、今もなお音楽シーンの第一線で歌い続ける。その原動力は、鎌田ジョージとともに「BROTHER」で創り上げた女性ロックシンガーとしての揺るぎない礎があってこそだろう。

2018年、鎌田ジョージは58歳の若さで急逝してしまう。中村あゆみの追悼コメントを見るだけで、いかに鎌田が彼女の音楽人生にとってかけがえのない存在だったのか痛いほど伝わってくる。「Precious Friend」であり、音楽を奏でるうえで「BROTHER」だった二人。中村あゆみは近年のベストアルバムで、鎌田ジョージのギターが響き渡るかつてのオケを使い「BROTHER」を歌い直し収録した。30年以上経った今も、二人の強い絆で育まれたコンビネーションは永遠に輝き続ける。

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2022.06.28
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カタリベ
1969年生まれ
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