CMからヒットソングが生まれた80年代
思えば、80年代はCMからヒットソングが生まれた時代だった。
70年代はラジオの深夜放送、90年代はテレビドラマからヒットソングが生まれたように、80年代は広告の時代を反映して、CMからヒットソングが量産された。
山下達郎は自身も出演したマクセルUDのCMソング「RIDE ON TIME」で一躍ブレイクを果たし、松田聖子は資生堂のエクボ洗顔フォームのCMソング「裸足の季節」でデビューした。そうそう、資生堂のCMと言えばヒットソングの宝庫。ライバル・カネボウとのシーズン毎のCM対決は、そのまま80年代のヒットソングの歴史と重なる。
詳細は当リマインダーの大野茂先生のコラム
『資生堂 vs カネボウ CMソング戦争』に詳しく書かれているので、未読の方はぜひ。
そんな中、日清食品のカップヌードルのCMもまた、数々のヒットソングを世に送り出した。大沢誉志幸「そして僕は途方に暮れる」、ハウンド・ドッグ「ff (フォルティシモ)」、尾崎豊「シェリー」、そして――
―― 今日、6月28日が誕生日の中村あゆみの「翼の折れたエンジェル」もそう。今から36年前の1985年にかのCMソングに起用され、大ヒットした珠玉のナンバーだ。ハスキーボイスが印象的だった。今日は、そんな彼女の話である。
福岡では少し知られた存在だった中村あゆみ
話は少しばかり、さかのぼる。
1984年9月5日、TBS系ドラマ『やさしい闘魚たち』の主題歌「Midnight Kids」で、一人の女性アイドルがデビューする。ロックバンド「中村あゆみとミッドナイト・キッズ」のリードボーカル、中村あゆみである。
彼女は、僕の地元・福岡では少し知られた存在だった。
福岡出身の彼女は4歳の時に両親が離婚。父と共に大阪へ転居するが、高1の終わりに家出して実母のいる福岡へ戻り、九州産業高校の2年に転入した。
「九産にいたコがデビューしたらしい」
後に、そんな話が僕のいる高校にも伝わってきた。福岡は狭い街なのだ。
「あのコ、目立つから色々とイジメられてたみたい」
噂の真偽のほどは分からない。ただ、彼女はわずか半年ほどで福岡を再び離れている。彼女なりの理由があったのかもしれない。
福岡を離れた中村あゆみは単身上京、明大付属中野高校の定時制へ転入する。言わずと知れた、芸能人ご用達の学校だ。堀越学園、日出高校(現・目黒日本大学高等学校)と並ぶ、いわゆる御三家。当時、“明中(めいなか)” には近藤真彦、中森明菜、シブがき隊、少年隊、石川秀美、三田寛子らが在籍していたが、なんと中村あゆみはそこへ一般の高校生として入学する。
1本のCMが運命を変えた、中村あゆみ「翼の折れたエンジェル」
こう書くと身も蓋もないが―― 彼女が上京した理由は遊ぶためだった。昼間はOLとして働いて、夕方から高校へ通い、夜は新宿や六本木のディスコへ繰り出した。給料の大半は遊び代で消えたという。そんなある日、六本木のカラオケ店でスカウトされる。お相手は音楽プロデューサーの高橋研。THE ALFEEの「メリーアン」や、おニャン子クラブの「じゃあね」、「真っ赤な自転車」を手掛けた御仁だ。
高3の秋、彼女はデビューする。そして前述の通り、僕は風の噂で彼女を知る。とはいえ、大半のアイドルがそうであるように、彼女も芸能界の荒波に揉まれ、間もなく消えると思っていた。
だが―― 消えなかった。時に1985年4月、1本のCMが彼女の運命を変える。
「ハングリアン民族、カップヌードル」
印象的なコピーのCMは、パリ-ダカール・ラリーに挑む選手たちの雄姿が映し出された。昼間、砂漠を舞台に過酷なレースに挑む彼らは、夜、カップヌードルを友にひと時の休息を得る。バックに流れる曲は、中村あゆみのサードシングル「翼の折れたエンジェル」――。
彼女は一躍、時の人になった。
「和製マドンナ」―― 人は彼女をそう呼んだ。ちょうど、前年秋にアメリカでマドンナが「ライク・ア・ヴァージン」でブレイクし、この年の1月に来日。日本中で “マドンナ旋風” が吹き荒れた直後だった。事実、ロックバンドのボーカリストとしてデビューした彼女は、その頃にはソロのシンガーになっており、衣装もボーイッシュからセクシーなガーリー風に変わっていた。
もっとも、当時「和製マドンナ」と呼ばれたのは中村あゆみに留まらない。SHOW-YAの寺田恵子、レベッカのNOKKO、本田美奈子―― etc.そう、クリエイティブはオマージュから始まる。
閑話休題。中村あゆみの「翼の折れたエンジェル」は、プロデューサーの高橋研サンの作詞作曲である。それは、一聴して映画的なシーンを連想させた。まるで往年の角川映画を見るように、聴かせる詞というより、“見せる” 詞だった。
まるで往年の角川映画、いきなりクライマックスから入る歌詞世界
ドライバーズ・シートまで 横なぐりの雨
ワイパーきかない 夜のハリケーン
“I love you” が聞こえなくて
口もと耳を寄せた
ふたりの想い かき消す雨のハイウェイ
そう、映画で言えば、いきなりクライマックスから入るパターンだ。
ハイウェイを飛ばす2シーターのオープンカーに乗る2人の男女。降りしきる雨。だが、今の2人にとって、その強烈なハリケーンは恋を盛り上げるツールでしかない。
「愛してる!」
「えー! なんだってー?」
そして映画は一転、2人の回想シーンへと移る。
Thirteen ふたりは出会い
Fourteen 幼い心かたむけて
あいつにあずけた Fifteen
まず描かれるのは、ローティーンの2人の恋の序章だ。まるで『小さな恋のメロディ』のトレイシー・ハイドとマーク・レスターのような。
Sixteen 初めてのKiss
Seventeen 初めての朝
少しずつ ため息おぼえた Eighteen
やがて2人の恋は、ミドルティーンからハイティーンにかけて盛り上がる。だが、その一方で2人に忍び寄るリアリティの影――。
実は2番の冒頭にある「翼の折れたエンジェル」の真骨頂
そして曲はサビを迎える。
もし俺がヒーローだったら
悲しみを近づけやしないのに…
そんなあいつの つぶやきにさえ
うなずけない 心がさみしいだけ
なんだろう。本来なら、最も盛り上がるサビなのに、そこに描かれているのは、リアルな大人の世界を垣間見たかのような2人の戸惑い。彼女の独特のハスキーボイスが、2人の切なさを際立たせる。
Ohhh… 翼の折れたエンジェル
あいつも 翼の折れたエンジェル
みんな 翔べない エンジェル
ここで、僕らは冒頭のシーンを思い出す。
そう、夜のハリケーンの中を疾走するドライビングは、大人になるのをためらう彼らの “逃避” だったのかもしれないと。互いの言葉を雨がかき消す一瞬、2人は虚構のクライマックスを “演じて” いたに過ぎなかったと――。
その展開は、2番で更に明確になる。
僕は、この曲の真骨頂は、実は2番の冒頭にあると思う。
チャイニーズ・ダイスをふって
生きてくふたりの夢を
誰もがいつだって 笑いとばした
“I love you” あいつのセリフ
かすんでしまうぐらい
疲れきった ふたりが悲しいね
断っておくが、「チャイニーズライス(炒飯)を食って」ではない。
だが、そんな替え歌でもさして違和感のない、超リアルな生活臭のする世界観が2人に襲い掛かる。1番の青春真っただ中の角川映画が、ここへ来て映画斜陽期の日活映画のトーンになる。四畳半一間を舞台に、若き秋吉久美子が大胆に脱ぐ類いの映画だ。
この後、曲中の2人がどうなったかは誰も知らない。そんな風に余韻を残しながら終わるのも、日本映画の悪い癖だ。
高橋研先生、3番を作ってくれませんかね?
歌詞引用:
翼の折れたエンジェル / 中村あゆみ※2018年4月21日、2018年6月28日に掲載された記事をアップデート
2021.06.28