5月1日

中森明菜「スローモーション」にみるデビュー戦略、エースは遅れてやってくる?

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photo:Warner Music Japan  

遅れてやってきたエース、中森明菜と松田聖子の共通点とは?


松田聖子と中森明菜には、ある共通点がある。―― 2人とも、デビュー時点では、さして目立った存在ではなかったのである。

聖子の遥か前には、同じ1980年デビュー組の岩崎良美や中山圭子(現・中山圭以子)がおり、前者はかの岩崎宏美の妹、後者も俳優・佐竹明夫の娘と、芸能界のサラブレッド。デビュー前から業界の注目度は高かった、中山サンに至っては、聖子と事務所(サンミュージック)もレコード会社(CBSソニー)も同じで、両社イチ押しのルーキーだった。

明菜も、同期に “花の82年デビュー組” の強力なライバルがひしめいており、トップに前年秋にデビューし、いきなりオリコン9位の松本伊代。他に、堀ちえみ、三田寛子、早見優、小泉今日子、石川秀美ら精鋭たち――。そんな中、明菜はメディアへの露出も少なく、デビューも同期より1~2ヶ月遅れの5月と、せいぜい6~7番手という印象だった。

だが、聖子・明菜とも2曲目で巻き返す。言わずと知れた「青い珊瑚礁」と「少女A」の大ヒットで、2人は一躍、同期のトップアイドルに躍り出る。その後の活躍はご承知の通り。そう―― エースは遅れてやって来る。

とはいえ、僕はこの話には、見過ごされている視点があると思っている。デビュー曲の存在だ。本当に、2人は2曲目でブレイクしたのか。デビュー曲は不発に終わったのか――?

デビュー曲から存在したブレイクの火種


聖子のデビュー曲は「裸足の季節」である。作詞・三浦徳子、作曲・小田裕一郎は、次の「青い珊瑚礁」と同じ座組。見過ごされがちだが、「裸足~」はオリコン12位、『ザ・ベストテン』11位と、ちゃんとスマッシュヒットしている。しかも、資生堂「エクボ洗顔フォーム」のCMソングで、誰もが口ずさめるキャッチーなメロディ。そして、なんと言っても聖子の伸びのあるアルトヴォイスを引き出した。おかげで、作詞家の松本隆サンをして「この声と仕事をしたい」と言わしめたほど。

一方、明菜のデビュー曲だって「スローモーション」だ。作詞・来生えつこ、作曲・来生たかおの座組は、後に大ヒットする「セカンド・ラブ」と同じ。初登場こそオリコン58位と出遅れたが、その後、2ヶ月半かけて30位まで上昇し、なんと同チャートの100位以内に39週もランクインした。一聴して、極めて美しい旋律の来生メロディだ。そして、同曲を歌う明菜の歌唱力が、同期のトップレベルにあることを証明したのである。

そう―― 2人とも、デビュー曲から既にブレイクする火種があった。あとは、タイミングを待つだけだった。特に明菜の場合、デビュー曲のタイトルからして、半ば確信犯の匂いすらするほど。

少々、前置きが長くなったが、今日5月1日は、そんな中森明菜のデビューシングル「スローモーション」が、今から39年前にリリースされた記念すべき日。あまりに2曲目の「少女A」や、3曲目の「セカンド・ラブ」のインパクトが強く、見過ごされがちだが、紛れもない名曲である。今回は、かの天才歌姫が初めから売れる条件を満たしていたことを、同曲を通して証明したいと思う。

“花の82年組” が黄金世代といわれる所以


 砂の上 刻むステップ
 ほんのひとり遊び
 振り向くと遠く人影
 渚を駆けて来る

アイドル・中森明菜が誕生するキッカケは、デビュー前年の1981年、3度目の挑戦となる『スター誕生!』(日本テレビ系)に端を発する。決選大会で彼女は山口百恵の「夢先案内人」を歌い、見事11社の芸能事務所やレコード会社から、獲得の意志を示すプラカードが上がる。交渉の結果、芸能事務所は研音、レコード会社はワーナー・パイオニア(現・ワーナーミュージック・ジャパン)と契約した。

なぜ、“花の82年デビュー組” なる黄金世代が生まれたのかは、容易に想像できる。1980年にデビューし、瞬く間にトップアイドルになった松田聖子の存在である。翌81年、第2の聖子を求め、芸能事務所やレコード会社は四方八方に “原石” を探し求めた。一方で、聖子に憧れる原石たちも大量にオーディションやコンテストに応募した。両者の思惑が一致した結果である。

ちなみに、明菜同様、小泉今日子も『スター誕生!』の決選大会でプラカードが上がり、堀ちえみは『ホリプロタレントスカウトキャラバン』で優勝、石川秀美も芸映主催の『HIDEKIの弟・妹募集オーディション』で優勝し、デビューの切符を勝ち取った。全て1981年の出来事である。

ダイヤの原石 中森明菜、素材は完璧! あとは歌とプロモーション


 ふいに背すじを抜けて
 恋の予感甘く走った

ここから先の話は、完全に僕の主観の話になる。探せば、今でもYouTubeで見られるが―― 明菜は『スター誕生!』の決選大会の時点で、既に完成していた。歯並びこそ矯正前だが、ビジュアル・歌唱力とも群を抜いており、11社もプラカードが上がったのは必然だった。

そう、競争を勝ち抜き、契約にこぎつけた研音もワーナー・パイオニアも、もはや、このダイヤの原石を磨けばいいだけだった。素材は完璧。あとは歌と売り出し方(プロモーション)と――。ワーナーのディレクターの島田雄三サンは、当時、大ヒット中の薬師丸ひろ子の「セーラー服と機関銃」を作曲した来生たかおサンに楽曲を依頼し、同社の宣伝を統括する寺林晁サンは、明菜のデビューのために1億円もの破格の宣伝予算を組んだ。

面白い話がある。ワーナーの島田ディレクターは当初、デビュー曲の作詞を松本隆サンに依頼しようと考えた。しかし、送られてきた明菜のデモテープを聴くなり、松本サンは「私は松田聖子の作品をやっているので、せっかくですが……」と丁重なお断りを入れてきたという。

普通、売れるかもわからないデビュー前の新人に、そこまで気を遣うだろうか。現に、一方で松本サンは石川秀美のデビュー曲「妖精時代」を作詞している。ならば、考えられる線はひとつ―― 明菜の歌声に、未来の聖子のライバルを予見したのかもしれない。

デビュー曲をアルバムの先行シングルに! チーム明菜の新たな戦略


 出逢いは スローモーション
 軽いめまい 誘うほどに
 出逢いは スローモーション
 瞳の中 映るひと

結局、島田ディレクターは仕切り直し、改めて来生えつこ・たかおの姉弟コンビにデビュー曲を依頼する。そこで姉弟が作った候補曲が、「スローモーション」「あなたのポートレート」「咲きほこる花に…」の3曲だった。どれも珠玉の名曲揃い。特に前2つがよかった。だが、デビュー曲はまだ決まらない。

ここで、チーム明菜は、宣伝統括の寺林晁サンの意見もあり、新たな戦略を打ち出す。それは、早めにファーストアルバムをリリースし、デビュー曲をその “先行シングル” として打ち出すという。アーティストがよくやる方法だ。要は、明菜をアーティストとして売ろうとしたのである。

1982年1月、先に仕上がった来生姉弟の楽曲に加え、アルバム用に他の作家陣(その中の1人に作家の伊集院静サンもいた)にも依頼した楽曲の中から、デビュー曲候補として「スローモーション」「あなたのポートレート」「銀河伝説」「Tシャツ・サンセット」の4曲に絞られる。そして紆余曲折あり、最終的に「スローモーション」に決まった。

2月、明菜はアルバムのレコーディングのために、ロサンゼルスに渡米する(実際には既に日本でレコーディング済みで、話題作りとプロモーションビデオの撮影のためと言われる)。そして、先行シングルの発売日―― 要は、デビュー日が5月1日と決まる。同期は、前年10月デビューの松本伊代は例外としても、小泉今日子や堀ちえみ、三田寛子らは3月デビューで、早見優と石川秀美は4月だった。5月は明らかに出遅れ感があった。

中森明菜の高い歌唱力が100%生きる「スローモーション」


 出逢いは スローモーション
 心だけが 先走りね
 あなたの ラブモーション
 交わす言葉に 感じるわ

デビュー曲の「スローモーション」は派手さこそないものの、イントロからしてドラマティック。全編に渡り、美しい来生メロディに包まれ、聴くほどに耳に馴染んだ。えつこサンの詞も、16歳の等身大の儚い少女の思いが綴られていた。何より、デビュー当時の美少女・中森明菜のビジュアルイメージと、高い歌唱力が100%生きる楽曲だった。

誤解を承知で言うなら、全ては予定通りのスケジュールだったのではないか。恐らく、チーム明菜の戦略はこうだ―― デビューの遅さもあり、「スローモーション」は当初、伸び悩む。だが、噛みしめるほどにジワジワとメロディが世間に染み渡り、並行して明菜の歌唱力とビジュアルの良さに人々が気づき始めた頃―― ファーストアルバムがリリースされる。そこで、明菜の世界観が一気に拡散。そのタイミングで、インパクトのあるセカンドシングルを投入すれば――

 出逢いは スローモーション
 恋の景色 ゆるやかだわ
 出逢いは スローモーション
 恋の速度 ゆるやかに

そう、5月のデビューも、当初6~7番手にいたことも、デビュー曲のタイトルが「スローモーション」であることも―― 全ては予定通りの戦略だったのではないか。

エースは遅れてやってくる、てね。



2021.05.01
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カタリベ
1967年生まれ
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