安田成美のデビューシングル「風の谷のナウシカ」
作詞活動50周年を迎えた作詞家・松本隆のトリビュートアルバム『風街に連れてって!』が今夏発売される。
「君は天然色」「ルビーの指環」「SWEET MEMORIES」「Woman “Wの悲劇” より」など迷わず歌詞を辿りながら口ずさんでしまう名曲がズラリと並んでいるなか、ひときわ目を引くタイトルがある。「風の谷のナウシカ」。
言わずもがなアニメ映画『風の谷のナウシカ』のシンボル・テーマソングであり、女優・安田成美のデビューシングルだ。実際の映画本編で未使用となった経緯はこれでまでも多くのメディアや書き込み等で記されているためここではあえて触れないでおこう。
シングル「風の谷のナウシカ」は、誰もが知る国民的アニメ名を冠りながら、誰も劇中シーンと重ねることがないまま、視聴者のそれぞれの想いのなかで安田成美の歌声と主人公ナウシカの姿を交錯させる稀有な1曲となって軽々と38年という時を超えた。
Daokoがトリビュートカヴァーする「風の谷のナウシカ」
『風街に連れてって!』でトリビュートカヴァーしているDaoko(1997年生まれ)はオフィシャル動画のなかで選曲理由を述べている。
「『風の谷のナウシカ』の原作とジブリアニメ作品が好きなことと、曲自体を小さい頃から聴いていたこと、それと自分の声と合っていて想像しやすかった」
彼女ような若い世代にもイメージとして刷り込まれる「風の谷のナウシカ」の世界観。安田成美の無警戒なままのあどけない歌声の真空パックは、80年代初期の先端をいく大人たちで作り上げられた。
松本隆×細野晴臣×萩田光雄、日本ヒットチャート史上“奇跡のクレジット”
名作『風街ろまん』(1971年)を生んだ伝説のフォーク・ロックバンド=はっぴいえんど(細野晴臣、大瀧詠一、松本隆、鈴木茂)。数多くのヒット曲を手がかる作詞家となった松本隆と、人気絶頂YMOのメンバー細野晴臣の10年ぶりの邂逅は1981年に「ハイスクールララバイ」(歌:イモ欽トリオ / 作詞:松本隆 / 作曲・編曲:細野晴臣)というミリオンセラーを誕生させた。
その流れは松田聖子のアイドル黄金期をも演出し「天国のキッス」「ガラスの林檎」(共に1983年 作詞:松本隆 / 作曲・編曲:細野晴臣)がチャートのトップを快走する。
そして、1984年1月25日、「風の谷のナウシカ」が発売された。山口百恵、太田裕美、中森明菜らのヒット曲を手がけるトップアレンジャー萩田光雄がここで世界観を決定づける見事なオーケストレーションを展開している。作詞:松本隆 / 作曲:細野晴臣 / 編曲:萩田光雄は、後にも先にも皆無に等しい日本ヒットチャート史上 “奇跡のクレジット” だった(安田成美の4thシングル「銀色のハーモニカ」は作詞:松本隆 / 作曲:細野晴臣 / 編曲:細野晴臣・萩田光雄)。
萩田光雄は回想している。「安田成美さんの「風の谷のナウシカ」は、細野晴臣君の曲だが、これはもうすでにイントロのメロディと、サビの直前に入るチャカチャカチャ、というドラムの音は細野君のデモにあった。彼女の歌はいろいろ言われるが、可愛らしいではないか。今どきの、これ見よがしに歌い上げる女性歌手よりよほど好きだ」(リットミュージック / 『ヒット曲の料理人 編曲家・萩田光雄の時代』より)。
亀田誠治がニューアレンジ、トリビュートアルバム「風街に連れてって!」
松本隆トリビュートアルバム『風街に連れてって!』では亀田誠治がニューアレンジを施し、神秘的なDaokoの歌声が「風の谷のナウシカ」に新しい息吹をもたらした。「金色の花びら」「まばゆい草原」「雲間から光」「身体ごと宙」。松本隆の追随を許さない情景描写の非凡さにあらためて触れる。
松本隆の歌詞に惹かれるという先述のDaokoの言葉を借りるならば「音と重なった時の言葉ってこんなに強いんだな」。
言い得て妙。もし「眠る樹海(もり)を飛び越え」た最後に「やさしく抱きしめて」くれていなかったら、この曲はこんなにも多くの人に愛されていなかったもしれない。
2021.07.03