4月25日

歌手人生の句読点、80年代の中森明菜を締めくくるシングル「ライアー」

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photo:Warner Music Japan  

正当に評価したい作品、中森明菜「LIAR」


中森明菜の23枚目のシングル「LIAR」。この楽曲について触れようとすると、不本意ながらどうしてもついて回る話題がある。彼女のファンとしては、敢えてこの楽曲について語ることを、どこか躊躇う気持ちがないわけではない。楽曲についてどうこう言うよりも、その背景ばかりが取り沙汰されて、楽曲自体が正当に評価されているとは思えないからだ。自覚はないが、彼女の熱狂的なファンほど、この楽曲を好む人が多いと聞いたことがあるが、そんなファン心理も関係しているのかも知れない。

このRe:minderの一連の連載が進むにつれ、おそらくこの時期までが彼女の歌手としてのキャリアがピークだったであろうことは、読者の方の多くの共通認識だと思う。もちろん、まだ20代半ばにあった彼女のキャリアが急激に下り坂となったわけではないが、この後1年あまりの休養を経た後には、活動のペースはぐっと緩やかになる。それまで年に3~4枚ほどのシングルをリリースし続けてきた彼女も、ブランク復帰後はせいぜい年に2枚程度のリリースに止まるようになっていった。

勝手な想像だが、当時の彼女の気持ちの中には、既に十分にやり切ったという、どこか充足感めいたものが広がっていたのではないだろうか。おそらく休養期間を経ずとも、きっと同じようなキャリアプランを歩んでいたような気がしてならないのだ。

原点回帰? デビュー曲に近い「LIAR」のテンポ


何か変化を欲していたのかも知れないとも思う。そういう意味では「LIAR」は彼女のキャリアに句読点を打つに値する佳曲であった。初めてこの楽曲を耳にした時、前奏で奏でられるピアノの旋律が、ドラマの続きを予感させるような緊迫感をもたらした。そしてそれはまるで、かのデビュー曲「スローモーション」の前奏から連なっているもののように感じられた。私見だが彼女の歌のパフォーマンスは、ミディアムテンポのバラードでこそ発揮されると思っている。

1982年のデビュー以来、駆け抜けるように歌謡界の頂点に上りつめ、商業的に成功してもなお意欲的な創作活動で表現力を磨き続けた。常に芸域を広げようとするその試みは、時として、既存のファン層を振り切るようなものであった。

激しいロックナンバーも、消え入るような声で歌うスローバラードも、ラテンやジャズからテクノに至るまで、すべて自らのものとしてきた彼女の到達点の一つの証として、また最高のパフォーマンスを発揮できる作品として、僕らは「LIAR」を聴いた。

それまでしばらくの間、彼女の意欲的な取組みの数々をどこか遠くに見ていた僕らが、この曲に強く惹かれたのは決して偶然ではない。曲調こそ違えど「LIAR」のテンポは、あまたある彼女の代表曲の中で最も「スローモーション」に近い。原点回帰というか、いわば正統派の明菜節である。

プロならでは “孤高”ともいうべき表現力の境地


地声が低い彼女の楽曲には、元々あまり高い音階が使われていない。それは男性シンガーがオリジナルのキーのままカバーできるぐらいだから、聴いた僕らにも馴染みやすいという側面があった。だが時折、男性でも素人では発することが難しいほどの低い音階が混じってくることがある。

この「LIAR」は歌の序盤から特に、それが顕著なナンバーなのだが、彼女はそこを抑制のきいた声色で歌い上げている。まさに彼女の真骨頂というべき特徴だ。

 ただ泣けばいいと思う女と
 あなたには見られたくないわ

中低音域の中で細かな音階の上げ下げと長短と強弱のつけ方、メリハリの利いたメロディに研ぎ澄まされた言葉の一つ一つが紡がれていく… 決して難曲ではなくても、歌えば何人たりとも同じ境地に立つことができない。そこがまさに彼女が “孤高” たる所以なのだろう。

彼女の歌手人生において、図らずも大きな節目となったこの楽曲のパフォーマンスについて「思い詰めたように見える」「悲しげで痛々しい」といった言葉が、度々聞かれることには違和感を覚える。なぜなら彼女はまさに絶頂期を迎えようかというプロの表現者であり、おそらく彼女がそれまで研鑽の末に獲得した実力をもってすれば、個人的な感情など胸の奥底にしまい込みんで、別の人格を憑依させることぐらい事も無げにやってのけるはずだからである。

描いたのは悲恋だが、どん底ではない


歌詞を深読みするというならば「LIAR」は言うまでもなく悲恋を描いた楽曲である。嘘を重ねて不貞を働く男を吹っ切ろうとする女性目線で描かれており、状況を言えば“どん底” というよりは、ヒロインのメンタルはまさに立ち直る寸前にある。

作詞を担った白峰美津子は “アニソン” 等を多く手掛けている作家であり、どちらかといえば明るい作風が目立つ。彼女の起用理由を知る由はないが、ラインナップを見ると、実はJ-POPジャンルの作品においては、悲恋を扱ったものが多いことに気付く。

メンタルが “どん底” というなら、むしろ2年前にリリースされた「難破船」こそ相応しい。シャンソンの影響が色濃い加藤登紀子の作品だけに、その世界観は重苦しいもの悲しさに満ちている。これを明菜に歌うことを勧め“悲恋歌の女王”に仕立て上げた慧眼には恐れ入る。

方や「LIAR」に続き、7月にリリースされたオリジナルアルバムのタイトルは「CRUISE」。もはや難破船は修復され新たな航海へと旅立つというのだろうか。1曲目の「URAGIRI」は、逆に男を翻弄するような女性像を描き、そのストーリーは「LIAR」に連なるようでもあった。

中森明菜全盛期を締めくくる名曲「LIAR」


彼女は1年のブランクを経て新曲「Dear Friend」で復帰を果たす。90年代を迎えJ-POP台頭の足音が迫る中、その活躍の場をドラマ出演や劇場ライブ開催などに広げ、制作陣も著名作家にこだわることなく琴線に触れるものだけを採用し、意欲的な試みは続いた。

しかし、マネージメントが彼女の意向にフィットしなかったこともあって、なかなか往年の輝きを取り戻すことはできなかった。そして無期限の休養生活… アーティストにとって創作活動に専念できない状況は気の毒だ。何枚ものベストアルバムやリマスタリングやカバーを通じて、今もなお彼女の模索は続いている。

もう何年もの間、メディアから姿を消し、その動静が全く伝わってこないというのに、これほど表舞台への復帰を切望されるアーティストが他にいるだろうか。

それは彼女が、我が身を削ってまで望んだかも知れない偉大な存在に自ずと近づいているようでもある。この年7月、昭和の大スター美空ひばりがこの世を去った。その晩年を知ると、あり余る実力を発揮できないでいる二人の境遇がふと想い重なることがある。

今彼女に一言伝えられるなら、もうこれ以上苦しい思いまでして、無理に表舞台に戻ることはない… と言ってあげたい。僕らの手元には既に彼女が残してくれた多くの作品があるからだ。その中でも「LIAR」は彼女の全盛期を締めくくり、彼女の功績にいっそうの輝きをもたらしてくれるような一曲だったと思う。



2021.05.25
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カタリベ
1965年生まれ
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