80年代も始まったばかりの頃、まだ何者にもなっておらず…
誰になりたいのか、何処へ行きたいのか、何を格好イイと思うのか?
そんな簡単な事の糸口さえも掴んでいない中学生だった。
1982年5月、ザ・クラッシュによってパンクの洗礼を受けて震えてたあの頃、隣の兄の部屋から一発で痺れる音楽が大音量で流れてきた。激しくも上品なトランペットの音。ヴォーカルはない。でも何を言いたいのか、伝えたいのか分かる躍動感。
これは一体!?
兄の留守中に忍んであの音を探すも全然わからない。ブラスバンドに所属し、トランペッターだった6歳上の兄は「マイルス・デイヴィスより、リー・モーガンに尽きる」とか言い放つくらい生意気な音楽マニア。高校時代からトランペットやステレオセット、さらにはあまりにも多くのレコードを所有していたので、探し出せなかったのだ。
ある夜、TV を観ていると聴き覚えのあるイントロが…
画面を凝視すると琥珀色の液体が小気味よいリズムで揺れている。キリン・シーグラムのロバートブラウン。そしてあのトランペットの音色が響く。映像と曲が見事に溶け合っているのを感じた。
トランペッターの名はハーブ・アルパート。そのとき僕が聴いた曲は「ファンダンゴ」、今聴いても色褪せない名曲だ。何より凄いのは82年の CM を今でも覚えている事。
そうして、やっと兄のレコードを探し出すとそこにはハーブ・アルパートの姿が!
白いパナマ帽に白い麻のジャケット。スラッとした長身、爽やかな笑顔。A&M の経営者にして自らも現役プレイヤーという自信と誇りに満ちた雰囲気。『探偵物語』で松田優作演じる工藤俊作のコスチュームの白黒逆バージョン。それまで白ハット&白麻ジャケットなんて姿を見たのは沖雅也くらいだったので軽く衝撃を受けた。その後、日本のトランペッター達も白パナマ&白麻ジャケットという出で立ちを真似するようになる。
当時、兄が所有していたようなステレオセットは今はなく、僕は簡易型のマスタングレコードプレーヤーしか持っていない。だがこの曲をもう一度、あの時と同じくレコードで聴きたい衝動に突き動かされている――
82年の5月に耳にしたあのサウンドはラテンのリズムで、その後の『マイアミ・バイス』のような男伊達の音楽という美学を中学生だった僕に植え付けた。そして、兄の部屋で見つけたレコード『ファンダンゴ』。一時は著作権利関係で希少となり高値で取引されていたというあのアルバムを今、僕は探している。
2018.08.01
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