11月9日

洋楽ディレクターの衝撃告白!ああ、やってしまった人生最大の商品事故…

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いざカミングアウト! 私がやっちまった校正ミスや商品事故


ちょっとした校正ミスから商品事故まで。ディレクター時代、色々とやっちゃいました。

洋楽のディレクターの仕事の最終目標は、その担当したアーティストのレコードなりCDを日本国内でどれだけ沢山売ってあげるか、ということですが、我々はメーカーであり職種は制作業務ですから、具体的な仕事の第一は “健全な商品を発売日に向けてつくりあげること” に他なりません。

店頭に並んだものの、ある事情があって回収せざるを得なかったり… とか発売日前に何かが起きて、商品を作り直す必要があった… などということは、あってはいけませんが、沢山の商品を出していると残念ながら、このテのトラブルは大なり小なり起きていました。

校正ミス程度の軽微な場合は、追加プレス時の修正で対応しますが、ミスったその箇所がシリアスな場合には、商品を一旦回収して作り直すとか、最悪の場合にはそのまま発売中止になるケースもあります。こういうのを “商品事故” と呼んでいました。

ちなみに私の音源に関するトラブルについては、以前ウォークマン・ネタの時に、ジャーニー “フロンティアーズ” のマスターテープ問題を書いてます(ハードとソフトの素敵な関係、ウォークマンとスーパースターのエピソード を参照)。お時間がある時にでも読んで頂き、“こいつはよくミスる奴だな” と笑ってください。

今回は、私がやっちまった校正ミスや商品事故などカミングアウトします。

ビリー・ジョエルのベスト盤、レストランが “ベストラン”


ビリー・ジョエルの初めてのベスト盤『ビリー・ザ・ベスト』は1985年7月27日に緊急発売されています。この頃はもうCDも世に出ていますので、LP、CD、カセット(以下、CA)の3種を同時に作ります。それぞれ2枚組ですが、当時輸入盤との競争もあり、超特急の製造工程で作っていました。緊急発売案件は、弁解するわけではありませんが全ての作業時間が短く、狭い道を車がすっ飛ばしていくようなもので、事故のリスクも高まります。

そしてベスト盤の発売日、銀座・山野楽器のCD売り場で、自分がつくった商品を手に取ってじっくり眺めていました。もちろん、これは他のお客さんにビリーの新譜をアピールすることを意識したものですが、何気なく裏面の曲目表示に目がいったのです。

私の好きな名曲「イタリアンレストランにて」の英タイトルは「Scenes from an Italian Restaurant」ですが、何と “Restaurant” の “R” が “B” になって “Bestaurant” なのです。落ち着いて何度も見ましたが、やはりBです。もちろん単純な校正ミスですが、後のアポをキャンセルし大至急会社に戻りました。印刷物担当部門のスタッフに事情を話し、こっそりとセカンドランからの修正を施したのです。ちなみに、この校正ミスは商品事故でも何でもありません。闇から闇に消えていくだけです。

当時のスーパースター、ビリージョエルですから、2枚組高額商品でも初回分合計20万セットはありました。とはいえ、まだLPがメインの時代ですから、ビリーといえどもCDは4~5万枚ぐらいのものだったはずです。もしお手元に『ビリー・ザ・ベスト』のCDがあれば、裏面の曲目表示確認してみてください。Bestaurantでしたら貴重な初回分です。

12インチの帯表記、ボニー・タイラーがデニース・ウィリアムスに!


次のトラブルはこれより1年遡った1984年、映画『フットルース』のサントラ盤を担当した時のこと。アルバムも映画も大ヒット。アルバムセールスについては130万枚を越え、当時の洋楽部門記録だったビリー・ジョエルの『ニューヨーク52番街』のセールスを更新をしました。

全9曲収録なのにシングル盤も8枚カット。しかも12インチ盤も3枚発売しています。これだけの商品群です。ひとつぐらい事故もありそうです。それはこの12インチ盤で起きました。

12インチ盤は、ボニー・タイラー、デニース・ウィリアムス、そしてシャラマーの、それぞれシングル曲のダンスミックスですが、なんとボニー・タイラーの帯に記載されていたアーティスト名が、なんとデニース・ウィリアムスだったのです。これは納品されたサンプル盤を見て驚きました。“校正ミスあるある” ですが、細かい文字は一生懸命見てるのに、アーティスト名のようなQ数が大きな文字は意外と見落としがちです。

この12インチ盤はディスコ専用だったので枚数も少なく、社内的にもほとんど気付かれず済みましたが、まずいことに、既に店頭に向かってました。当然ですが、これは “回収案件” です。アーティスト名を堂々と間違えてます。いくら初回枚数が少ないとはいえ、立派な商品事故でした。

もちろん帯を差し替えて再出荷するのですが、当時、商品事故を起こしたら、担当者は工場に行って手伝いをする… という社内ルールがありました。

この1984年前半は、フットルース関連以外にも毎月沢山のアルバムを発売しており、忙しい日々を過ごしていましたが、アシスタントの女子を助手席に乗せて、東名高速を2時間すっ飛ばし、静岡工場へ向かったのです。工場の片隅に、新しい帯と12インチ盤が置いてあります。2人で帯を取り付け、ビニール袋にいれるのです。作業台の周りには、工場のスタッフ達が冷やかしに集まってきます。まさに、見せしめですね。

人生最大の商品事故! スプリングスティーン「THE LIVE」で…


私のディレクター人生最大の商品事故ですが、1986年ブルース・スプリングスティーン初のライブ盤『THE “LIVE” 1975-1985』発売の時にやってしまいました。

ファンの方はご存知のように、この商品、LPは5枚組。CDは3枚組。CAは3本組… という、制作する側としては結構労力が必要なものでした。発売日は、LPボックスとCDセットが11月9日の予定。CAが11月21日の予定でした。なにしろ、国内盤は7,500円と言う高額商品です。

これもビリー同様に輸入盤に負けまいと、全社挙げて工場のラインまで、この商品用に優先的に稼働させ、超特急で制作していました。そういうビジネス的に大きな商品で、しかも私が一番敬愛するアーティストの作品で、あってはならない事故を起こしてしまったのです。

CD3枚組バックカバーには曲目表がありますが、なぜか、ここにCA3本組の曲目が印刷されていました。これにより何が起きるか… というと、例えばCDユーザーが曲目表を見てDISC2の1曲目を聴こうとすると、そこは別の曲が流れてしまうのです。

つまり、そもそもCDとCAではメディアとして収録時間が違うので、ライブアルバムとしての楽曲の流れは同じでも、その切り方が違うのです。これら3枚と3本に同じ曲が収録されていれば、なんら問題なかったのですが、そうではありませんでした。

原因はシンプルです。CD曲目表の原稿に、CAのものを流用したこと。これによって起きていました。文字校正のミスではなく、しかし原稿そのものが違うわけですから、間違いに気付くわけありません。

これも社内に納品されたサンプルCDで発覚しました。ただ同じタイミングで11月9日の発売日を目指し、LPと同梱でディーラーさん宛てに出荷されていました。CD3枚各盤面に刷り込まれた曲目と音源には間違いがないとしても、このミスはユーザーも困ります。会社の判断はもちろん “全品回収”。

全品廃棄処分! アメリカには美談として伝わった後日談


ちなみに回収しても、封を切ってCDケース裏面だけを抜き取り、新しいものを差し込む作業は大変らしく、手間も時間もかかります。全品廃棄処分。ゼロから作り直しです。全ての責任はもちろん制作担当者です。全損害金額が計上された事故報告書は、私の名前で会社に提出しました。ボニー・タイラーとは比較にならない金額でした。

もちろん、この場合も静岡工場で箱詰め作業の手伝いしましたが、枚数も多く、発売を急ぐ必要があったので洋楽部員全員が参加となりました。仲間に申し訳なく思いました。

これには、後日談があります。この翌年にアメリカでスプリングスティーンの『ボーン・イン・ザ・U.S.A.』大成功の物語、『グローリー・デイズ』が発行され、世界各国での社会現象が報告されていました。日本のクダリは思わず笑ってしまいます。“日本では売り切れ続出で、工場の人員が足りず洋楽部員全員が手伝いに行った” と美しい話に変わっていました。


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2020.09.28
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