80年代の映画といえば私にとってはジョン・ヒューズ監督作品とブラット・パックものだ。『セント・エルモス・ファイアー』『ブレックファスト・クラブ』『プリティ・イン・ピンク』『すてきな片想い』『恋しくて』『ヤングガン』etc. タイトルを並べただけで「ふああ」と謎のため息を漏らしそうになる。『セント・エルモス・ファイアー』のロブ・ロウの笑顔や『ブレックファスト・クラブ』が何故いまだ心にこびりついているかはとりあえず置いといて、今回のお題はプロム。
プロムとは高校生活最後を飾るフォーマルなダンスパーティーのこと。男子はタキシード、女子はドレス。当日、男子は車で女子を迎えに行き、心配顔のお父さんを横目に花を渡してエスコート開始。このパーティーに誰を誘うか誰に誘われるか何を着るかは大問題で、それをめぐっていろいろなことが起こる。どうか『プリティ・イン・ピンク』を観てモリー・リングウォルドの健気さに打たれてください。
ささやかなホームステイ経験しかない私にとってプロムは遠い物語でしかないが、連想する曲はこれ一択だ。須藤薫さんの「涙のステップ」。こんなに胸が痛くなる失恋ソングがこの世にあっていいのだろうか。
薫さんは切ないスクール・ラブソングの名手だった。「エイミーの卒業」「最後の夏休み」「緑のスタジアム」「思い出のスクール・ラブ」など、薫さんが歌うとアメリカの片田舎のソーダ・ファウンテンや芝生の緑や自転車が道路に落とす影まで見えた。ユーミン、大瀧詠一さん、杉真理さん等たくさんの名ソングライターが彼女に曲を書いた。あの「君は天然色」も当初は薫さんのために書かれた曲だったという話も聞いたことがある。
コンパスで描いたようなムーンフェイスでいつもニコニコしていて、ボケ話の宝庫だった。パワステ(新宿にあったライブハウス)が終了するとき出演依頼が来た杉さんが薫さんにも出てもらおうと「パワステが終わるんだけど」と言うと「え~~~~っ!?」とものすごく動揺しているので何かと思えば車のパワーステアリングが終わってしまうと勘違い。杉さんいわく「そんなもん急に終わらないし、僕がそれを伝える道理はないし」。
2012年3月3日、薫さんは病気であっという間に亡くなってしまった。ひな祭りの訃報。連絡が来ても「またまたまた…」と思ってしまったくらい、笑顔の記憶しかない。何度か酒席をともにさせてもらえて、81年7月郵便貯金ホールでのライブを観ていることなどを伝えられてよかったと思う。私にとって「涙のステップ」は、学生時代の涙を蒸留してできあがった宝石のような曲だ。ずっと手のひらであたためていたい。
※2017年3月3日に掲載された記事をアップデート
2019.03.03
Apple Music
Apple Music
Information