11月10日

中森明菜「ノンフィクション エクスタシー」“絶対女王” の遊び心と実験精神

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中森明菜のシングル「ノンフィクション エクスタシー」がリリースされた日
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photo:Warner Music Japan  

中森明菜年末恒例の特別企画はシングル・カセット?


「へぇ、今年はシングル・カセットなんだ――」

軽い驚きとともに、そう受け止めたのは1986年10月のこと。当時、オリコンウィークリーを買うために毎週通っていたレコード店で、「ノンフィクション エクスタシー」の発売告知ポスターを見かけた時だった。35年前のことゆえ、ポスターの詳細は忘れてしまっていたが、「もしかして」と思ってググってみると「そうそう、これだった!」という画像がヒットした。いや~、便利な世の中になりました。それによると、タイトルの横に「今世紀最高のシングル・カセット 遂に登場!!」というコピーが踊っている。だからこそ冒頭の感想を持ったのだろう。

では、なぜ「今年は」と思ったのか。それは毎年、暮れが近づくと、ファンへの感謝を込めた企画盤をリリースするのが、明菜プロジェクトのお約束だったからだ。デビューした1982年は4曲入りのピクチャーレコード『Seventeen』、1983年は初のベスト盤『BEST AKINA メモワール』、1984年は伊集院静が紡いだショートストーリーに基づくコンセプトミニアルバム『SILENT LOVE』、1985年は片面がグラフィカルディスク仕様のミニアルバム『MY BEST THANKS』。いずれも12月下旬の発売で、言ってみれば “明菜からのクリスマスプレゼント” というタイミングだった。

ところが「ノンフィクション~」の発売日は11月10日。だから「今年はずいぶん早めだな。もしかしたらもう1発、別の企画があったりして」。そう思った記憶もある。事実、この年の12月24日には10枚目のオリジナルアルバム『CRIMSON』がリリースされて、その予感は当たったわけだが、「それまでにやったことがない、趣向を凝らした企画」という意味では、やはり「ノンフィクション~」を年末恒例の特別企画と見做すべきだろう。なにせ未発表の新曲をカセットのみでリリースしたのだから。

シングルチャートライクインならずも、カセット単独発売でベストテン入り


ちなみに “シングル・カセット” という形態、流通し始めたのは80年代前半のこと。多くはそのA面に、アナログ盤(いわゆるドーナツ盤ですね)のA / B面2曲を、B面にオリジナルカラオケ2曲を収録しており、1988年2月に8cmのCDシングルが登場するまでは、カラオケ音源の貴重な供給源として一定の需要を満たしていた。

価格は1,000円が相場だったが、そのほとんどがアナログ盤の後にひっそりとリリースされ、大きなヒットに繋がることもなかったニッチな商品。例外としては、1985年に球団創設以来初の日本一となった阪神タイガースの人気に乗って、カセットチャートで2位まで上昇した道上洋三の「阪神タイガースかぞえ唄」が挙げられるが、同作もアナログ盤との併売であり、“カセット単独発売” で “ベストテン入り” したシングル・カセットなど存在しなかったのである。

それを1986年の中森明菜は軽々とクリアしてしまった。当時のオリコンには「アナログ盤が出ていることを条件に、それに対応したシングル・カセットの合算を認める」という規定があったため、シングルチャートにランキングされることはなかったが、「ノンフィクション~」は初週で約25,000本を売り上げ、カセットチャートで初登場1位をマーク。もし合算が認められていれば、同じ週のシングルチャートで4位に食い込む好セールスであった。

年間の売上は、シングル1位、LP1位、カセット1位、CD3位


「えっ、明菜にとって4位は好成績とは言えないのでは?」――。そんな声も聞こえてきそうだが、このシングル・カセットに収録されているボーカル音源は「ノンフィクション~」だけで、あとはそのカラオケと、既発曲「Fin」と「危ないMON AMOUR」のカラオケのみ。新曲2曲で700円だった当時のアナログ盤と較べると、“1曲の新曲に1,000円” という価格はファン以外には割高と受け止められたことだろう。

しかも通常のシングル曲と違ってテレビでは一切歌わず(観たことがある方は是非ご一報ください)、1985年の12インチシングル「赤い鳥逃げた」のように “既発曲の別バージョン” といった話題性にも欠けた。筆者はラジオで数回聴いた記憶があるが、ほとんどプロモーションが行われなかった作品がいきなり4位相当のセールスを記録したことは快挙と言ってもよかった。

とはいえ、1986年は中森明菜が “絶対女王” の座を確立した年。もう1人の女王・松田聖子が前年に結婚して戦線を一時離脱したこともあり、人気・実力ともに無双の状態にあった。2月発売のシングル「DESIRE」から、12月発売の『CRIMSON』まで、この年リリースした作品はいずれも週間ランキングの1位を獲得。年間の売上金額でも、シングル1位、LP1位、カセット1位、CD3位で、2年連続の総合1位を確保し、主要音楽祭(日本レコード大賞、日本歌謡大賞、日本テレビ音楽祭、FNS歌謡祭、全日本歌謡音楽祭、メガロポリス歌謡祭)のすべてでグランプリを制覇するほどだったから、その勢いをもってすれば「ノンフィクション~」のヒットは当然だったという見方もできるかもしれない。

温故知新的な視点で遊び心を発揮、絶対女王の変幻自在ぶりに感嘆


その「ノンフィクション~」は、それまで1作ごとに作家を替え、新しい才能を積極的に起用することで道なき道を切り拓いてきた彼女にとって、箸休めとも思えるレトロな世界観の楽曲。ヒット映画『上海バンスキング』(1984年)や、パリの「ムーラン・ルージュ」を連想させるジャケットのアートワークからも、戦前のキャバレーやダンスホールでビッグバンドを従えて歌う歌姫を演じている様子が伝わってくる。

トロンボーンやクラリネットなど、生楽器で構成された椎名和夫のアレンジは、最先端のデジタルサウンドを排した、温もりや懐かしさを感じさせるもの。詞の内容は、タイトルからも分かるようにかなり官能的だが、サラッと軽めに歌われているためか、いやらしさは感じられない。珍しく口を開けて笑っているジャケットの表情は、わずか3ヶ月前にあまりにも前衛的で「問題作」とまで言われたアルバム『不思議』をセルフプロデュースした人物とは思えない変身ぶりだ。

歌謡曲やポップスといった従来の枠組みを超え、中森明菜という独自のジャンルを築きつつあった彼女が温故知新的な視点で遊び心を発揮したこの曲。シングル・カセットにおけるその実験は見事に成功し、新たな地平を開拓した。絶対女王の変幻自在ぶりに感嘆し、エクスタシーを感じたのは筆者だけではあるまい。



2021.05.18
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