昨年末、24年間勤めた会社を辞めた。
僕は、誰かが会社を辞めたとか、海外へ移住するとか聞いたとき、理由を尋ねたことがない。「そうしたかったんですね」としか言わないのだが、世の中はそうではなかった。人に会うたび、必ずなぜ辞めたのですかと訊かれる。
話すと長いので「なんとなくです」としか答えないのだが、ここに本当の理由を書いておこう。
このアルバムと、この漫画のせいである。
『THE BLUE HEARTS』は日本のロック史に残る名盤中の名盤だ。恥ずかしながら、僕は高校生時代にバンドをやっていたのだが、このアルバムを聴いて、バットで頭を殴られたような衝撃を受け、バンドを解散した。自分たちがやる意味がないと思ったからだ。
そして、もう一つ。『迷走王 ボーダー』。原作は狩撫麻礼、作画はたなか亜希夫。1986年から4年間、双葉社の『漫画アクション』に連載された。
物語は、中東を旅する主人公、蜂須賀の姿から始まる。蜂須賀は、10年間大陸をさまよい続けたことも「自分探しなどというニューミュージック的な発想とは縁を切った」と否定し、バブル期の東京で家賃3千円の元共同便所の住人となる。
「なにもしないでブラブラしているのがホントは一番チカラ技なのさ」
「無為こそ過激」
と言い切る蜂須賀の破天荒な行動と、とめどなく溢れる金言が独特の魅力を放つしぶい漫画だった。
僕は、そのアルバムと漫画、それぞれに耽溺するほどのファンだった。
しかし僕にとっての大事件が起こる。
ドブネズミみたいに 美しくなりたい
写真には写らない 美しさがあるから
漫画連載の中で、突然、本当に突然、ザ・ブルーハーツが登場するのだ。それも、見開き何ページにも渡って、アルバム『THE BLUE HEARTS』の中の何曲もの歌詞と、メンバーの姿が延々と続く。
それは、タクシーの中で偶然「リンダリンダ」を聞いた蜂須賀が衝撃を受けるシーンから始まるのだが、まさにその衝撃こそ、僕が感じたものと同じだった。蜂須賀は言う。
「“ブルーハーツ”は実体など問われもしなくなって久しいクソったれた<イメージ社会>がついに飽和点に達したことを告げる者たちだ」
自分が最も愛する何かの中に、最も愛する何かが突然現れる。あれから30年経って、その驚きと、その時抱いて、そして今この瞬間にも抱いたままの感情を、僕は書き表すことができない。
それが、会社を辞めた理由だ。書き表すことができないから、残った人生の時間で、なんとか書き表したい。そう思ったのだ。
のちに雑誌のインタビューで、甲本ヒロトは
「突然出てきたからびっくりした」
と述べている。彼自身もこの漫画のファンだったのだ。
漫画『迷走王 ボーダー』はブルーハーツとの出逢いをきっかけに、蜂須賀の過去の圧倒的な述懐、UFOとの遭遇、ボブ・マーリーの妻リタとの邂逅、そして奇跡の東京ドームライブへと、文字通り鮮やかな迷走を見せる。
こう書いてもいったいどんな漫画なのかさっぱりわからないだろう。書いている僕も信じられない思いだ。だが蜂須賀は言う。
「魂は伝達可能だ それだけは信じている」
80年代、とてつもない量の燃料を、僕は積み込んだ。いまから、ここから、それを燃やして生きていけるか。それは、僕自身にかかっている。
2017.02.12
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