1985年春、高校卒業!フリーダム!! 就職した友人も、進学した友人も、浪人して予備校に通い出した友人も、それぞれの持ち場へと旅立っていった。家庭の事情で自宅浪人することになった自分にとって、新天地へ向かう友を見送るだけの状態は、少々寂しくもあったが、まあ仕方がない。今はひとりのフリーダムを満喫しようじゃないか…… “勉強をしろ、勉強を” という善の心の声も聞こえたが、“まずは孤独を紛らわせないとな!” という悪の心の声が勝った。
せっかく高校生じゃなくなったのだから、“18歳未満お断り” のところに遊びに行こう。しかし、田舎では行けるところが限られている。キャバレーに行くほどの金と度胸はない。成人映画館も、卒業する2年前に消滅した。いや、仮に消滅しなかったとしても、狭い街でそこに足を運ぶには周囲の目を気にしなきゃならない。“ソウマさんちのバカ息子、ポルノ映画館に行ってたよ、入試に失敗したくせに” と噂されたら、親に申し訳ない。というわけで、最終的に行き着いたのがパチンコ、である。
“うわっ、うるせー!” ―― 自動ドアが開いた瞬間の第一印象。平日の真昼間だから客も多くはない。とりあえず、台の前に座ってみた。周囲を観察して、台の横に付いているコイン投入口にお金を入れると玉が出てくることはわかった。円筒状のハンドルを右に回すと、入れた球が弾かれることも理解した。とりあえず100円分の玉を入れて打ってみたが、一分ほどで玉は尽きた。
つまんねえ。でも、もう100円やってみたら、目の前に3ケタの同じ数字が並んだ。そしたら、ジャラジャラと玉が出てきた。あー、なるほど、こういう仕組みか…… と納得した。
賭け事は嫌いじゃないのだが、それでもこの時点で飽きたのは、やはりうるささのせいだ。金属音も電子音も BGM も、とにかく大音量で、ほんの数分で疲労した。アイアン・メイデンとノイバウテンとジム・フィータスが一斉に手前勝手に演奏をしたら、こうなるに違いない。
そんな鼓膜殺しのセッションに疲れ果てて、箱一個分のパチンコ玉を持って、箱を数個抱えたおばちゃんの後を付けて、換金してもらった。換金所のお姉さんは怪訝な顔をしていた。その顔には、“たったひと箱で換金するのかよ、小僧” と書いてあった。
とにかく、200円が3000円になったわけだし、アルバム一枚買えるじゃないか…… と思い、18歳未満でも入れる、通い慣れたレコード屋へ。いつもは店内で歌謡曲が流れていたりすると “やだなー” と思うのだが、あの壮絶なノイズの後では、若い女子の下手な歌でさえ耳に優しく感じる。
トーキング・ヘッズのライヴ盤『ストップ・メイキング・センス』を買ったのは、電子音は控えめだし、金属音もほとんどないからだ。半年前の1984年秋にリリースされたときは金欠で買えず、貸しレコ屋で借りて録音していたから、どんなアルバムかは知っていたのだ。
コラムの途中ですが、ここで宣伝。
当サイト、リマインダーと、会場となるスポットライト新宿の共同開催で、1984年のヒット曲を大音量で楽しめるクラブイベント、『DJ Party 時間旅行1984』でレコ回しをします!このアルバムからもかけます!お楽しみに!もとい、『ストップ・メイキング・センス』。とにかく、リズムボックスとアコギだけで演奏される一曲目の「サイコキラー」からして耳に優しい。その後のバンド編成の演奏にしても音に隙間がある。
のちに映画版の『ストップ・メイキング・センス』を見て知ったが、バンドはヘッズのメンバー4人だけではなくて、けっこうな大所帯だ。それでいて余白をしっかり聴かせるのだから、NYパンクは奥が深いぞ。
後日、トーキング・ヘッズの新譜『リトル・クリーチャーズ』が7月にリリースされることを知った。金のない自宅浪人生はひと月前のささやかなパチンコ成功体験の快感がうずき、再びあの爆音ノイズに立ち向かうことを決意した。
が、今度はさっぱり数字がそろわない。1000円使ったところで、轟音電子&金属ノイズが気になり、やめた。オトナのフリーダムは金がかかる…… ということを1000円で学んだだけでも収穫だ。パチンコ屋さん、さようなら。
しかし『リトル・クリーチャーズ』がどうしても欲しかったので、喫茶店でひと月バイトをして購入。鼓膜殺しの不快な轟音からは、とりあえず解放された。しかし、“勉強をしろ、勉強を” という善の心の声は、相変わらず鳴り響いていた。
2019.07.12