「ダブル・ファンタジー」から3枚めのシングル
地味な曲だな、大人の曲なんだろうな… というのが15歳の僕の第一印象だった。
ジョン・レノンの遺作となった1980年のヨーコ・オノとの共同アルバム『ダブル・ファンタジー』。ここからの3枚めのシングルとして「ウォッチング・ザ・ホイールズ」が、40年前の1981年3月13日にアメリカで、27日にイギリスでリリースされている。
50年代風サウンドに乗せて再出発を歌った「スターティング・オーヴァー」、ヨーコを始めとした女性への深い謝意を歌った「ウーマン」という前の2枚のシングルに比べると、この曲はサビのコード進行は流麗でその終わり方も洒脱なのだが、そこまではコード展開も少なく淡々と進む地味めな曲であった。
3枚めのシングルということもありこの曲は、アメリカではBillboard誌最高10位(2週)、Cash Box誌最高7位。そしてイギリスでは前のシングル2枚が1位を記録したのに対し、最高30位に留まっている。
しかしこの曲をアルバムのベストソングに挙げた人物がいる。昨年ジョンの最新ベスト盤『ギミ・サム・トゥルース.』のリミックスを手がけたジョンの愛息、ショーン・レノンだ。
“降りた”人間の達観? ジョン・レノン隠遁時の心境を綴った歌詞
『ダブル・ファンタジー』がリリースされる1年半前の1979年5月27日、ジョンとヨーコはニューヨーク・タイムズに「ジョンとヨーコからのラヴ・レター」という一面広告を載せ、4年めに入っていた隠遁生活について、無関心ではなく “愛の沈黙” であると声明を出した。生前のジョンは「ウォッチング・ザ・ホイールズ」について、この声明の音楽版であると評している。
(隠遁し沈黙を保っている)自分に、人は気がおかしくなったのか、怠けているのか、栄光が懐かしくないかって声をかけてくる。
でも僕はもうそこ(車輪やメリーゴーラウンド)から降りて眺めているだけなんだ。あとはどうぞ気の向くままに。
―― “降りた” 人間の達観。5年振りに活動を再開したジョンは、なぜ敢えてこの曲をアルバムに収めたのだろう。活動再開は一時的のつもりだったのか。今となっては分からない。
そもそもジョンにシングルカットの意思があったのかも最早分からない。ジャケットの写真はそれまでの2枚がプロの撮ったものだったのに対し、このシングルの写真は追っかけのファンによるものなのだ。リアリティが感じられるのも当然、写っているのは素のジョンとヨーコなのだから。曲の意図する所にも合致しているではないか。
5歳だったショーン一番のお気に入り「ウォッチング・ザ・ホイールズ」
当時4歳ながらレコーディングスタジオに遊びに行っていたショーン・レノンにとって『ダブル・ファンタジー』は、父ジョンが亡くなった後、その逝去を悼み乗り越えるため繰り返し聴いたアルバムとなった。その結果、ショーンは4~5歳の時の父ジョンとの記憶の方が、16歳の時の記憶よりも多いという。驚くべきであり、同時に胸が締め付けられる。
その5歳のショーンが既に「ウォッチング・ザ・ホイールズ」が一番のお気に入りだったというからまた驚く。本人も子供の頃には歌詞の意味するところは当然分かっていなかったと認めているが、やはり親子ゆえなのだろうか、それとも繰り返し聴き込んだからなのだろうか。10歳上の当時15歳の僕は到底かなわない。
定年世代だけじゃない、新型コロナ禍の今にも響く “モードを変える” 曲
正直に言って、僕がこの曲を実感を持って受け止められるようになったのは50代に入ったここ数年かもしれない。先が見えてきたところでようやく。40歳のジョンに遅れること10数年。
実際ジョンも生前、「65歳でいきなり存在意義がなくなって、オフィスから送り出される男たちも、きっとこんな気持ちなんじゃないか」と語っている。「ウォッチング・ザ・ホイールズ」はジョンも認める “定年ソング” なのかもしれない。
しかしこの曲は、ひょっとすると今の時代にも説得力を増しているのかもしれない。新型コロナ禍の中、私たちの生活はこれまでからのペースダウンを余儀なくされ、そしてコロナが終息した後も完全に元には戻らないだろう。“降りる” 時は多くの人に訪れているのではないだろうか。“モードを変える” と言い換えてもいいだろう。
ショーンによって史上初めてリミックスされた「ウォッチング・ザ・ホイールズ」を聴きながら僕はそんなことを考えた。この曲をこよなく愛し、オリジナルのプロデュースを70年代から80年代の狭間で中途半端と断ずるショーンのリミックスは、間違いなく一聴の価値がある。
… この原稿を書き終えた前後で、サウンド・ガーデンのヴォーカルで2017年に自ら命を絶った稀代のヴォーカリスト、クリス・コーネルが亡くなる前年にレコーディングしていたカヴァーアルバム『ノー・ワン・シングス・ライク・ユー・エニモア』がリリースされ、「ウォッチング・ザ・ホイールズ」がカヴァーされていることを知った。
アコギをベースに、ビートも効かせている。クリスがこの曲を選んだ心境は如何ばかりだったのだろう。そしてクリスは “降りられなかった” のだろうか。
40年を経てなお、「ウォッチング・ザ・ホイールズ」は我々に問いかけることを止めようとしない。
2021.03.27