誰にとってもやりきれない瞬間というものがあるだろう。ちょっとした失敗。予期せぬ行き違い。大げさかもしれないが、時には世界から見放されたような気分になる時もあるだろう。
別に個人的な不平不満を言うつもりは毛頭ない。ただ例えばあたかも戦争状態の満員電車に乗っていて、せわしなさとせっかちさに凝り固まった雰囲気に触れてしまうと僕みたいなナイーブな人間が「生き抜く」というのは難しいことなんだなぁとしみじみ思ってしまう。
音楽はそのささくれそうな心を癒してくれる。そんな時の僕の処方箋はトラヴェリング・ウィルベリーズの「ハンドル・ウィズ・ケア」と決まっている。
一瞬聞き慣れない名前のバンド。メンバーはジョージ・ハリスン、ロイ・オービソン、ボブ・ディラン、トム・ペティ、ジェフ・リンと錚々たる面々である。そもそもレーベルとの契約の都合上、皆がウィリベリー姓を名乗り兄弟によるバンドというコンセプトでデビューした友人同士の覆面プロジェクトだった。
しかし一癖も二癖もあるメンバーである。すぐに身元は割れファーストアルバム『トラヴェリング・ウィルベリーズ Vol.1』は大ヒットしグラミー賞を獲得するまでに至る。
「ハンドル・ウィズ・ケア」はその名作アルバムの一曲目だ。何と言ってもその詩が滋味に溢れている。
打ちのめされ続けて 虐待され続け
茶化され続け こき下ろされ続けていた
君は今まで見た中で最高の人だから
どうか壊れやすい僕を大切にしておくれ
自分の不遇であった人生を振り返り、愛する人に寄り添って欲しいと歌われる。韻の踏み方も素晴らしい。 それが単なる「ダメ人間」の愚痴と言い訳に終わっていないのは、メンバーのキャリアとそれに裏付けられた歌唱力にあるのだろう。
特にジョージとロイのパートは涙を流すほど美しい。『クラウド・ナイン』まで不遇なキャリアにくすぶっていたジョージ。彼が「おお、この成功の甘い香り」と歌う時の笑顔はこの上なく愛おしい。そしてそれを優しく見る最愛の妻や息子の死を経験したロイ。辛酸を嘗め、酸いも甘いも知り尽くしやっと立ち直った二人のいかにも「壊れやすそう」な優しさに溢れた声に癒される。
そして雰囲気を深刻にさせない「ノーベル文学賞受賞者」のボブ・ディラン。そしてトム・ペティとジェフ・リンの特徴的な声。3分の間に良さしか存在しないこの曲は、疲れて家に帰ってきた夜などにソッと寄り添ってくれるかのようだ。
せわしなく進む世界の中で、あたかもそれに抗うような土埃にまみれたヴィデオの心象を胸に、明日も頑張ってみようと思わせる彼らの音楽はエヴァーグリーンな魅力を持っている。
そして誰かを「大切に扱おう」などと思ったりできるこの名曲は今まさに聴かれるべき曲なのかもしれない。
2017.09.11
YouTube / TravelingWilburys
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