10月21日

遊佐未森ヒストリー:「空耳の丘」レコーディング・エンジニア物語

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レコーディングエンジニアという仕事はとても興味深い。ある程度以上の電子工学知識は必要だし、多種多様な機器を使いこなさねばなりませんから、職人的能力は前提として求められますが、一方、音そのものを扱うわけですから、音楽センスもなくてはなりません。特にミックスダウン(トラックダウンとも言う)という工程では、様々な楽器や歌の音質調整や音量バランスなどを決めていくので、エンジニアのセンスによってその音楽の聴こえ方がガラッと変わります。

まぁそんなこと言ったら、プレイヤーだって、音楽知識や、指の速さや正確さといった職人的な面と、どう表現するかという感性、両方を兼ね備えなくてはいいプレイヤーとは言えませんから、同じっちゃあ同じなのですが。

だけどともかく、世の中に音楽を発表するためにはエンジニアの手を経ないわけにはいきませんから、その存在はとても大きく、したがってその人選は極めて重要です。

私が当時、しばしば海外レコーディングを行なったのは、別に飛行機が好きだったからではありません。第一の理由は海外のエンジニアの力が欲しかったからです。

“GONTITI” のアルバム『マダムQの遺産』で、ニューヨークのエンジニア、マイケル・ブラウアー(Michael Brauer)にミックスダウンをお願いしましたが、その時の音が衝撃的でした。日本での録音の際に、いろんな都合で Fostex の16トラックテープレコーダーを使った曲もあり、それはテープ幅が狭いので、通常の Studer などのレコーダーに比べるとやはり音が細い感じがあったのですが、マイコーの手にかかると、太いダイナミックな音に変身、しかもスピーカーから飛び出てくるような立体感が生まれたのです。

で、次に、土屋昌巳さんのアルバム『LIFE IN MIRRORS』で、ナイジェル・ウォーカー(Nigel Walker)と出会いました。彼はロンドンなので、ニューヨークのマイコーとは音の傾向ははっきり違うのですが、個々の楽器がクリアでみずみずしく、全体は繊細で緻密ながら、しっかりとグルーヴを出してくれました。

録音の段階から何度も何度も聴いてきて、ほとんど聴き飽きたくらいの音が、まるで新たに生命を吹き込まれたようにいきいきと鳴り始めるのを目の当たりにすると、音がどう聴こえるかは物理現象でありその諸要素の調整に過ぎないのは分かっていても、私には彼らが魔法を使っているとしか思えませんでした。

もちろん、日本にもいいエンジニアはたくさんいたでしょうし、英米にだってイマイチな人はいるわけで、のちに私も何回か後悔するような経験もすることになるのですが、マイコーとナイジェル、この二人の存在のせいで、当時の私の頭の中は、ことエンジニアについてはかなり “西高東低” でした。

そんな中で、遊佐の1stアルバム『瞳水晶』のミックスをお願いした飯尾芳史くんは、私が好きなエンジニアのひとりでした。この時すでに彼は、YMO 周辺の仕事などで業界ではよく知られた存在でしたが、終始とても腰の低い謙虚な人で、それでいて、音がまとまると、「できました」と、静かに、だけどきっぱりと言うのです。こういう時たいてい、自分ではできたと思っていても、「一回聴いてください」とか、「どうですかね?」とこちらの意見を訊いてくるものですが、彼の場合は確信を持って「できました」なのです。自分のヴィジョンがしっかりあるんでしょうね。エンジニアとしてだいじなことだと思います。

そして、2ndアルバム『空耳の丘』のミックスダウンはナイジェルに依頼、ロンドンに飛んだというわけです。やっと話が前回の続きになった。

ナイジェルが外間くんとあまり合わなかったみたいという話でした。強めの人見知りというだけで、悪気はないのですが、ナイジェルは外間くんや遊佐にはほとんど直接話そうとせず、私にばかり語りかけるのです。「この音はどうしたいのか」とか「これでいいか?」というような質問を私にしてくる。そうすると、メイン・プロデューサーは外間くんなので、私はいちいち外間くんに確認する。で、彼は英語ができるから英語でナイジェルに指示するんだけど、ナイジェルはそれに対してあまりちゃんと返さない。当然、外間くんもムッとする。…という妙な雰囲気になってしまいました。

ナイジェルは作業中、あまり大きな音では聴きません。だいたい大きめの音で聴きながら、たまに小さくして、その場合の聴こえ方を確認する、というのが大概のエンジニアのやり方なのですが、彼は正反対。低音感を確認するためなどに、たまに大きな音にしますが、ふだんは小さい。時々もっと小さくして何かを聴いています。

これは大プロデューサー、ジョージ・マーティンからの教えらしく、たしかに、小さく聴くと、微妙なピッチ(音の高低)などがよくわかります。楽器間のバランスもわかりやすい。大音量だと、ごまかされると言うか、よく聴こえちゃうんですね。なのでそこではかっこよくても、ラジカセで聴くとショボかったりすることがよくあります。

ともかく、そういうわけで、うるさければまだしも、比較的静かなスタジオの中、外間くんもナイジェルもお互いに「なんだ、コイツ」オーラを放っているような、なんだかギクシャクした時間が流れていきました。仕上がった音はもちろんよかったのですけれども。

2019.05.07
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カタリベ
1954年生まれ
ふくおかとも彦
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