U2「魂の叫び」異国のバンドの“アメリカへの憧憬
前回のデュラン・デュランのコラム(
デュラン・デュランのL.A.ストーリーとルーフトップ・コンサート「ハリウッド・ハイ」)では、“アメリカへの憧れ” について書かせていただいた。前回のコラムの主役である映画『デュラン・デュラン ハリウッド・ハイ』を観ていて思い出したのは1988年のU2のドキュメンタリー映画『魂の叫び』。そこにも、異国のバンドの “アメリカへの憧憬” が見て取れた。
デュラン・デュランの方はアメリカといっても、舞台はピンポイントにロサンゼルスだったが、U2のそれはアメリカ全土。1987年のアルバム『ヨシュア・トゥリー』でついに世界の頂点に立ったU2はワールドツアーを敢行。とりわけ北米ツアーは大きな成功を収めたが、その記録を見ることができるのが映画『U2 / 魂の叫び』。メンバーは “音楽の旅” と本作を表現する。
映画が日本で公開されたのは1989年1月だが、前年の秋に劇中でフィーチャーされる楽曲を収めた『魂の叫び』がサントラ兼、U2の新譜としてリリースされた。一聴して驚いたのが、明らかにアメリカの古き良きブラックミュージックの影響を受けていること。
先行シングルの「ディザイアー」はボ・ディドリーのビートを早急にしたよう。また、ビリー・ホリデイに捧げた第二弾シングルの「エンジェル・オブ・ハーレム」のホーンはソウルっぽいし、次のシングル曲「ラヴ・カムズ・トゥ・タウン」はブルース界の大物B.B.キングと共演している。この2曲はメンフィスのサン・スタジオのレコーディングというのも納得。『ヨシュア・トゥリー』も大陸的な雰囲気があったが、こうも明快にブラックミュージックに寄せてきたのは、U2史上初。アイルランドの寒々しくも尖がったバンドアンサンブルから、ずいぶんと遠くに来たもんだなぁ…… と思ったものだ。
アレン・ギンズバーグの来日、ボノの張りつめたボーカルを連想
話は飛ぶが、アルバム『魂の叫び』がリリースされた頃、ビートニク、すなわちビート文学の旗手アレン・ギンズバーグが来日し、東京・草月ホールで詩の朗読会を行なった。当時ビートニクにはまり、卒論の題材にすることを決めた大学3年のマナブも、いそいそと足を運んだが、その声に圧倒されたのを覚えている。代表作『吠える』をはじめ、力強く、なおかつカミソリのような鋭さがある当人の声で再現された詩は、英語のヒアリングが未熟でも刺さった。声質は全然違うが、ボノの張りつめたボーカルを連想した。
そもそもビートニクにハマったのは、ジャック・ケルアックの小説『路上』を読んだことから。そこにはギンズバーグはもちろん、ウィリアム・S・バロウズらビート作家たちのモデルにしたキャラクターも出てくる。そして何より、アメリカ大陸をヒッチハイクする壮大な旅の物語だ。ケルアックの分身である主人公サル・パラダイスは3度にわたり、悪友ディーン・モリアティに誘われ、アメリカ横断の旅に出てはそこで見たものを吸収していく。
『U2 / 魂の叫び』に話を戻そう。翌年映画を見たが、ケルアックの『路上』を想起させるロードムービーの趣があった。それは必ずしも時系列を正確に追っているわけではないが、東はニューヨーク、西はサンフランシスコまで、アメリカツアー時のステージやオフステージのU2をとらえている。
映画の最初の方で、U2はインタビューでこう問われる。
「『ヨシュア・トゥリー』の発売からツアーを経て、新曲のレコーディングまでの間、どんな変化があったのか?」
ーー と。メンバーは言葉では答えない。直後、場面は「ディザイアー」をプレイするU2のパフォーマンスへと切り替わる。ブラックミュージックの吸収が答えだとばかりに。
思い返せば、『路上』の主人公も最初は寒いNY近郊に住むアーティスト肌の白人青年だったが、長い旅の中で、綿花積みで日銭を稼いだり、黒人の女性と恋に落ちたりしながら視野を広げていった。初めて見て、聞いて、感じたものは確実に血肉となる。『U2 / 魂の叫び』では『ヨシュア・トゥリー』収録のヒット曲「終わりなき旅」が、ゴスペルの聖歌隊を従え、新たなアレンジでプレイされていたが、この曲の変化が旅を経たU2の視野の広がりを象徴しているように思える。
U2のブラックミュージックへの接近はグラミー賞の受賞という成果を収めたが、彼らはそこに留まらず、次作『アクトン・ベイビー』では過去を踏まえつつ、ダンスミュージックやリミックスをも視野に入れ、新たな地平を切り拓く。本作をU2の最高傑作と評する人も少なくない。
マナブはビートニクの卒論を自信満々で提出するも、評価はBだった。今、それを読み返すと、確かにヒドい論文だ。原稿書きの仕事をするようになってから30年が経つが、10日前に送った原稿でさえ、ヒデえなあと思うことは、ちょくちょくある。この原稿も、リマインダーにアップされる頃には、ヒドいのを書いちゃったなあと思っているかもしれない。つまるところ、“終わりなき旅” は続いているのだ。
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2023.01.13