先日、友人たちとバーベキューをした時のお話。
場所は左手に江ノ島、右手に「えぼし岩」が見える湘南海岸。それはまさにサザン・オールスターズの「チャコの海岸物語」の世界。しかし、僕の頭の中には違う音楽が流れていた。
この音楽は、なんだろう。メロディーは思い出すのに、曲名が思い浮かばないことは、ままあることだ。ビールを飲みながら、西日に染まる波頭をぼんやり眺めたり、靴を脱いで波と戯れたり……、そんなことをしながら、僕は自分の頭に響いている「サウンドトラック」の正体を探していた。
夜になって友人たちと別れて、帰路でふと気がついた、「そうだ、これはロイ・オービソンだ!」。特定のロイの歌ではない、彼の「甘い声」が頭の中に流れていたのだ。
僕は電車の中で、彼の歴史的なライブアルバム『ブラック・アンド・ホワイト・ナイト』を無意識に選んで聴き始めていた。
アルバムは、彼が1960年に放ったヒット曲「オンリー・ザ・ロンリー」から始まる。
どこにでもありそうで、絶対に彼にしか奏でることのできない「せつない」メロディー。それはBGMに最適だが、それは単に「聞き流せる」という意味で、では全くない。その音楽は目の前の世界に、新しい「色」をつけるかのように流れる。
甘く切なく「主張すぎない」ことで存在感を示す彼の声。『ブルー・ベルベット』(デヴィッド・リンチらしい倒錯した使い方であるが)、『レス・ザン・ゼロ』、極めつけに『プリティ・ウーマン』など、彼の曲が映画のサウンドトラックに使われるのも腑に落ちる。
彼の魅力はその歌声だけではない。優しげな立ち位置と明らかに人の良さそうな微笑み。滲み出る人格が、曲の愛らしさとマッチしているのだ。
50年代、プレスリーやジョニー・キャッシュらと同じサン・レコード所属の時代から、幾多の困難を乗り越え大復活を成功させたこのアルバムで、それは明らかにされているように思う。
このライブに彼を慕いエルヴィス・コステロ、トム・ウェイツ、ブルース・スプリングスティーンらが集まったのも、音楽を超えた彼の魅力の証だろう。
「飄々としている」などという形容詞が浮かび、日本だと辛うじて「プリティ・ウーマンを歌った人」などとして知られる彼だが、その歌唱能力はあまりにも過小評価されすぎていると僕は思う。
「オンリー・ザ・ロンリー」のファルセットの美しさや、このアルバムには収録されていないが、稀代の歌声を持つシンディ・ローパーやセリーヌ・ディオンも歌った「アイ・ドローヴ・オール・ナイト」のハイトーンヴォイスなど、彼の「甘い声」にはとてつもなく巧みな「わな」が仕掛けられているかのような上質さがある。
湘南帰りの僕は、ロイ・オービソンを再発見できた。今年でリリース30周年目を迎える『ブラック・アンド・ホワイト・ナイト』(※)はセンチメンタルな「ブルー・エンジェル」で幕を閉じた。そして僕は今年の夏用BGMを、ロイ・オービソンにしようと決めたのだった。
※注:
30周年記念エディションにボーナス・マテリアルとして、「ブルー・エンジェル」が収録されている。
2017.06.23
YouTube / RoyOrbison
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