9月21日

スプリングスティーン伝説のライブ「ノー・ニュークス」の映像がついに蔵出し!

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スプリングスティーンがマジソン・スクエア・ガーデンで行われた「ノー・ニュークス・コンサート」に出演した日(初日)
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全編発表!伝説の「ノー・ニュークス・ライブ」


スプリングスティーン・ファンにしてみれば、まさかまさかの驚きであり喜びになったはずです。スリーマイル島での原発事故をきっかけに、ジョン・ホール、ジャクソン・ブラウンらが、アーティストによる原発反対団体を結成。世界に向けアピールするために1979年9月に大規模なコンサートが企画されました。

彼等の呼び掛けで当代きっての人気アーティストが、NYマジソン・スクエア・ガーデンに集結し5日間ライブを行っています。いわゆる洋楽ファンの中では『ノー・ニュークス・ライブ』と呼ばれており、当時このライブ音源も発売され、映画化もされ、後に映像も商品化されていました。

実はスプリングスティーンに関しては4時間ライブを有名にした『ダークネス・ツアー』も終わり、次作に向けレコーディング中であり、しかもそもそも政治的なコメントを控えてきたこともあり、彼の参加は絶望視されていましたが、ジャクソン・ブラウン達の説得でなんと参加が決定。これにより、このコンサートの知名度も一気にあがり、彼の存在が動員に大きな影響を与えました。

5日間公演のうち、2日間はメインアクトとして90分近いエキサイティングなステージを行っていたのですが、実は世に出ていた映像は「リバー」「サンダーロード」「クォーター・トゥ・スリー」の3曲だけでした。それがなんと、42年の時を経てステージ全曲の映像が発売されたのです。社会現象化した『ボーン・イン・ザ・USAツアー』時より更に4歳若い彼の姿に、ファンは狂喜乱舞しないわけありません。

100m疾走後、そのまま400m走り、終わって休む間もなく200m走る、という観ているこちらが息切らしそうな全身全霊をかけたパフォーマンスは神ががっており、ファンならずとも観た者全員の心がつかまれるほどです。

ティーザーとしてこのライブから2曲が既にネットにアップされており、観る前から胸がときめいていたのですが、そのステージ上で大爆発する姿に言葉を失い絶句。そして思わず感動の涙。動悸はとまらず、観終わったら思わずひとりで拍手していました。ファンでなくても是非一度ご覧になる事を強く勧めます。

ここまで書いておきながら… ですが、今回のライブ映像のことは、発売元のソニー・ミュージックの後輩にまかせておくとして、当時宣伝に携わった当事者としては、色々な想い出が浮かんできます。

ブルース・スプリングスティーンの映像プロモーション


この時、私はメディア宣伝でTV局やFM局へのプロモーションを担当していました。

1975年の「明日なき暴走」以降、社内でもメディア関係者の中でも、スプリングスティーンに対する期待値は高まっており、そのブレイクが待たれていました。

この頃既に洋楽ビジネスは、日米とも60年代のシングル盤セールスから“アルバムセールスが支える時代” になっていました。とは言えアルバム収録曲の中からシングルヒットが生まれないことには、なかなかそのセールスに結びつかないものがありました。

つまり、シングル盤が売れる売れないではなく、この業界いつでも “ヒット曲” を作らねばならない宿命にあることは変わらなかったのです。1981年のMTVスタート以降、発売されるシングル曲にミュージッククリップがつくられました。ラジオ一辺倒だったプロモーションに映像という強力なウェポンを手にしたレコード会社です。新しいヒット曲の生れ方が登場したのです。

とは言え、この1979年の『ノー・ニュークス・ライブ』当時はMTV以前ですし、プロモツールとしての映像が乏しい頃でした。それでもスプリングスティーンに関しては、一曲だけ「ロザリータ」という楽曲の映像がありました。これのオリジナルメディアは16mmフィルムだったはずです。

この曲は日本でのデビューアルバム『青春の叫び』に収められているものですし、いつ頃会社に届けられたのが記憶は定かではありませんが、シューティングデータなどから推測するに1978年後半あたりではなかったのかと思います。
―― と言うことは、そもそも、この数年前に発表されていた曲ですし、新曲のプロモ―ション用の映像という意味合いではありません。しかも撮影されたのはライブステージです。

我々の仕事はそのアーティストの商品(レコード&CD)を売ることですが、そのためには “ヒット曲とアーティスト・デベロップメント” が絶対必要でした。言い換えると、曲を知ってもらってアーティストを好きになってもらいたい、ということです。そうでないとアルバムは高額ですし、なかなか買ってもらえないし、ライブにも足運んでくれません。

つまり、ライブで桁違いの破壊力を持つスプリングスティーンの姿を捉えたこの映像は、ヒット曲をつくるためのものではなく、彼がどういうアーティストなのかを如実にとらえたもので、まさにアーティストデヴェロップメントを目的にした映像だったのです。

彼の本質はライブステージにある、というのは海外からの情報ではいっていましたが、この時点では未だ見ぬヒーローです。実際にこの「ロザリータ」の映像を観ると、彼が何者であるか一目瞭然でした。

1978年ですから、映像の到着時は引き続き「闇に吠える街」の宣伝期間中だったと思いますが、アルバムからどの曲をプロモーションしていようが、構うことなくこの映像を持ち歩いては、スプリングスティーンの姿を見せまくっていました。記憶が曖昧ですが、フィルムをビデオに変換したポータブルな再生機があり、そのまま見せたり、各放送局のロビーにあるテレビにつないではこの激しく動く姿をラジオ関係者に観てもらっていました。

映像第2弾到着。動の「ロザリータ」静の「ザ・リバー」


とは言え、なにせ映像はこれだけ。そこへ到着したのが、この『ノー・ニュークス・ライブ』で演奏された、「ザ・リバー」でした。

これが1980年10月にされたアルバム『ザ・リバー』のタイミングだったのかそうでなかったのかの記憶が曖昧ですが、動いているスプリングスティーンが分かる2弾目の映像として非常に貴重なものでした。実際、この『ノー・ニュークス・ライブ』はスプリングスティーンのニューアルバム制作期間中に行われ、結果としてこの曲はこのニューアルバムのタイトルチューンにもなっていますが、当時としては未発表だった楽曲を歌い、それが収録されたというわけです。

この曲もまた名曲で有名ですが当時はシングルカットさえされておらず、映像としてもそれを狙うためのものではないことは明白でした。彼の激しい動きとは全く違う姿で、切々とパッションこめて歌うヴォーカリストとしての顔をとらえたものです。この曲は時代を反映したアルバムのテーマ曲でしたし、アルバムのプロモーションに大いに貢献してくれました。“動のロザリータ”に次いで、“静のリバー”の対比で、アーティスト・デヴェロップメントの映像として重要な役割を果たしてくれたということです。

実際、アルバム『ザ・リバー』が発売されてシングルとしては「ハングリー・ハート」を大プッシュしている時でも、前回と同じように、「ロザリータ」に「ザ・リバー」を加えた映像をメディアに持ち歩き、ロザリータ映像で交感神経を刺激してザ・リバーの熱唱でしんみりと心落ち着かせ副交感神経を高めてクールダウンさせた…、といった映像プロモーションをやったのが想い出です。

実際、このアルバムからは初めてのシングルヒット曲と呼べる「ハングリー・ハート」が生まれています。この曲に至ってはプロモーション用の映像が存在しておらず、純粋にラジオのチカラだけでのものでした。ちなみに、シングルヒットを狙う本人登場のミュージッククリップとしては、1984年のアルバム『ボーン・イン・ザ・USA』からのファーストシングル「ダンシング・イン・ザ・ダーク」が最初のものになります。

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2021.11.19
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カタリベ
1950年生まれ
喜久野俊和
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