10月5日

伊藤銀次が語る「六本木心中」制作秘話!アン・ルイスが求めた過激なUKサウンドの正体は?

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沢田研二「ストリッパー」はロンドンレコーディング


1981年に沢田研二さんのアルバム『ストリッパー』のレコーディングが行われたロンドンのエデンスタジオ(Eden Studios)は、ストレイ・キャッツ、ロックパイル、エルヴィス・コステロらが使っていた、イギリスのパブロックやネオ・ロカビリーのメッカとも言える場所だった。

沢田研二さんのサウンドプロデュースをやらせていただけるだけでも幸せ者なのに、当時ニック・ロウやコステロに夢中になっていた僕にとって、まさに “ロックな事件が現場で起っている” 場所でレコーディングできるなんて、本当に夢のような出来事だったのである。

しかも、エンジニアがストレイ・キャッツの『涙のラナウェイ・ボーイ』(Stray Cats)やロックパイルの名盤『ロンドンの街角』(Seconds Of Pleasure)を手がけたアルド・ボッカ。今まで聴いたことのない、とにかくきっぱりと立ち上がりのいい音で、日本でエキゾティクスとリハをやりながら思い描いていた音をはるかに超える、本物のサウンドに驚かされた。

初めての海外レコーディングで、英語もちゃんとは話せない僕だったけれど、体当たりなブロークンイングリッシュでもアルドと意思の疎通がとれたことは大きな自信になったね。アルドとの仕事はそれで終わりかと思っていたら、なんとその後、再び彼と仕事をすることになろうとは。



アン・ルイス直々のプロデュース依頼


沢田研二さんの「ストリッパー」がリリースされるや、そのサウンドを聴いたアンちゃん(アン・ルイス)が直々にプロデュースを依頼してきたのである。

ーー 私も「ストリッパー」みたいな過激なUKサウンドでやりたいよ!

それで作ったのが「ラ・セゾン」(1982年)。こちらもジュリーに負けず劣らず、当時の歌謡シーンを震撼させた過激なUKサウンド。そしてさらに、こんなことを言い出したんだ。

ーー 次のアルバムのレコーディングは、アルドを日本に呼んでやりたい!

それがアルバム『ROMANTIC VIOLENCE』(1984年)。当時英米を席巻していたデュラン・デュランなどのダンサブルなブリティッシュ・インヴェイジョン風味のサウンドを目指したのだが、そのアルバムに収めるつもりで制作したのが「六本木心中」だった。



イントロはロックオペラ的サウンド


僕がアンちゃんに描いていたアーティスト像は、革ジャンに汗かきなロッカーではなく、ゴージャスでカラフルでポップなイメージ。NOBODYのデモテープを聴いたとき、少し男臭く革ジャンな印象があったので、どうしたもんかと考え込んでしまった。

そこで思いついたのが、ジョルジオ・モロダーの「フラッシュダンス」のような、打ち込みのキラキラシンセのアルペジオとハードなロックギターの融合による一種のロックオペラ的サウンド。その瞬間、あのイントロの「♪ターラーリラー…」というメロとアルペジオが浮かんできた。

だけどそのままでは序章という感じで、歌には突入できない。それで続けて「♪ジャッジャージャー チャラリチャラチャラ…」というイントロ2を加えた。そのまま歌に入ってもいいのだけど、ここまできたらもう思いっきりもったいつけてしまえ!と、本編での疾走前にさらにギアを入れなおす意味でもう1つ、イントロ3を!



当初は全く火がつかなかった「六本木心中」


何かが乗り移ったように没頭して気がついたらあのイントロができていた。なんと40秒以上の長いイントロ! 最初からシングル曲とわかってたらこんなに長いイントロにはしなかった。ところがこの曲の仕上がりを聴いたディレクターが “おお、これはいい。売れるよ” と、アルバム『ROMANTIC VIOLENCE』には入れずに次のシングルに、となった。

彼の思惑とは裏腹に、当初は全く火がつかなかった「六本木心中」だったが、まるで演歌の曲みたいにじわじわ売れてきて、結局ロングセールスのヒット曲となった。どうも、当時流行っていたエアロビクスでよく使われたらしい。テンポがちょうどそれ向きだったとか。ははは、世の中わかんないね。

後に相川七瀬さんがこの「六本木心中」をカバーしてくれた時に、プロデューサーの織田哲郎君がこの僕の苦心のイントロをそのまま使ってくれてたのはうれしかった。歌のメロディと同じくらいこのイントロが「六本木心中」なんだと思ってくれてたのかもね。


Updated article:2025/10/04
Previous article:2021/06/05、2019/10/29

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2025.10.05
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カタリベ
1950年生まれ
伊藤銀次
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