1989年、桐島かれんを迎え入れ第2期サディスティック・ミカ・バンド始動
1971年に加藤和彦を中心に結成、1973年から76年の間に『SADISTIC MIKA BAND』『黒船』『HOT!MENU』という3枚のスタジオアルバムを残したサディスティック・ミカ・バンド。キャロル、クリエイションと並び、日本のロック黎明期を俯瞰した上でも極めて重要な位置にあるバンドだ。
そして解散から13年、オリジナルメンバーである加藤和彦、高中正義、小原礼、高橋幸宏が桐島かれんを新たなボーカリストとして迎え入れ、第2期サディスティック・ミカ・バンド(この時期の英語表記はSadistic Mica Band)として再活動。1989年の出来事だった。
この第2期サディスティック・ミカ・バンドの全貌を密封した豪華アナログLPボックス『1989 LP BOX』が2023年10月25日にリリースされる。
1989 LP BOX [完全生産限定盤][1LP+2LP+写真集]
「タイムマシンにおねがい」に匹敵する新たな挑戦、「Boys & Girls」
桐島かれんを2代目ボーカリストとして迎え入れた再結成のニュースは、当時、話題性ばかりが先走る印象だったが、再結成アルバム『天晴(あっぱれ)』の先行シングルとして発表された「Boys & Girls」で度肝を抜かされることになる。
作詞には森雪之丞、小原礼、作曲には、加藤和彦、高橋幸宏、小原礼が名を連ねる。その楽曲のクオリティは日本最高峰のグラムロックナンバー、「タイムマシンにおねがい」に匹敵するものだった。いや、「タイムマシンにおねがい」が名プロデューサー、クリス・トーマスの手腕により世界基準に放たれたものであったならば、1989年という時代に異なったベクトルから放たれた新生サディスティック・ミカ・バンドの時代に対する新たなる挑戦だった。
「Boys & Girls」は、「♪ Feel me 僕は君じゃない」という冒頭のリリックが象徴しているように、1989年のサディスティック・ミカ・バンドは70年代に世界発信された彼らとは異なる彩りを発していた。マツダ「ファミリア」のCMソングとして、お茶の間にも親しまれた同曲は極めてキャッチーで砂漠に水が染み込むように聴くものの心にその圧倒的な世界観が広がっていく。つまり、「タイムマシンにおねがい」が日本のバンドとしては稀な世界基準だったのに対して、「Boys & Girls」は当時多様化した日本の音楽シーンのど真ん中の最高峰であったように思える。
しかしそれは、流行を踏襲して娯楽性に富んだ楽曲かと言えばそうではない。メンバーそれぞれの活動歴を凝縮させ、時代に即したポップミュージックの頂点を作り上げた感じだ。それは、89年という時代を加味しゴージャスにデコレートされたアレンジに依るところも大きく、新たなる時代の幕開けを示唆しているようだった。それは昭和から平成へと元号が変わり、日経平均が史上最高値をつけた同年の12月、バブル景気が絶頂期へと向かう時代を予言しているかのようでもあった。
「Boys & Girls」は彼ら最大のヒット曲となり、オリコン最高位13位を記録。この曲をオープニングに従え13年ぶりの再結成、全13曲で構成された『天晴』もオリコン最高位3位を記録するヒットアルバムとなる。
華やいだポップチューンに振り切った後期YMOを経由した高橋幸宏色のカラー
多様化していく日本の音楽シーンのど真ん中をいくようなキャッチーさも『天晴』の魅力のひとつであったが、メンバーそれぞれの活動歴が色濃く表れていたのも特徴のひとつだ。全体的な印象としては、華やいだポップチューンに振り切った後期YMOを経由した高橋幸宏色のカラーが強く感じられる。M-03桐島かれんと高橋幸宏のツインボーカルで聴かせる「薔薇はプラズマ」では、ファンキーなグルーヴが下地にありながらも全く湿度を感じさせない。そんな都市型ポップミュージックのフォーマットは幸宏色そのものである。
もちろん、メンバー各々の個性もそれぞれの楽曲で遺憾なく発揮されて、アルバムの多様性を開花させている。小原礼がボーカルを取るM-02「脳にファイアー!Brain's On Fire」は『黒船』のグラムロック的なギターサウンドをマッシュアップさせたロックナンバーだ。また、加藤和彦がボーカルをとるM-05「暮れる想い」はロキシーミュージックにも通じるトノバン流ダンディズムを垣間見ることができる。
さらに実験的要素とユーモアセンスを兼ね備えた第1期のサードアルバム『HOT!MENU』を踏襲した印象もある、M-08「UN COCO LOCO」にも注目したい。オリエンタルなメロディとリゾートミュージック的な効果音が織りなす独自性の高い世界観を作り上げ、懐の深さを感じずにいられない。そしてM-10つまりアルバムの最後に収録された「7days, at last!」は重たいうねりが全編を支配するオルタナティブなナンバーだ。天地創造をテーマした壮大な楽曲で幕を下ろす。
つまり、第1期の解散から13年という年月が経っているが、『天晴』は『SADISTIC MIKA BAND』『黒船』『HOT!MENU』という70年代に試行錯誤を重ね、音楽的深化を続けた延長線上にありながら、時代性を加味した全く新しい世界観を確立させた名アルバムである。
未収録だった「どんたく」を初収録した「晴天 ライブ・イン・トーキョー1989」
今回初のLP化となる『晴天 ライブ・イン・トーキョー1989』は『天晴』を引っ提げ、東京ベイNKホールで行われた伝説のライブを収録。CDに未収録だった「どんたく」を初収録。オーディエンスの歓声と研ぎ澄まされた演奏力が一体化した凄みがリアルな音質で蘇る。スタジオワークに優れたアーティストは、同時にエネルギーが漲るライブアーティストだということを、このアルバムで実証している。
今回BOXに収録される『天晴』『晴天 ライブ・イン・トーキョー1989』2作は、砂原良徳がリマスターし、前回リイシューされた『1973-1976 LP BOX』同様、ロンドン アビイ・ロード・スタジオのマイルス・ショーウェルのハーフ・スピード・カッティングでよりきめ細かく、臨場感あふれるダイレクトな音質で蘇る。また、今回はアルバムのアートワークをリデザイン、ゲイトフォールドジャケットLPにし、未発表写真を含む豪華写真集と共に三方背BOXに収納。
第1期サディスティック・ミカ・バンド解散から13年。1989年という時代に新たな世界観を提示した彼らの魅力をこの豪華アナログLPボックスセットで存分に堪能して欲しい。
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2023.10.01