ブロンディのボーカル、デボラ・ハリーの交友録
“疾走するバーバレラ”(by イギー・ポップ)ことデボラ・ハリー(以下、デビー)による自伝『フェイス・イット』(Pヴァイン)が最近出たので、さっそく読んでみました。ブロンディ結成以前における、NYボヘミアン時代の男性遍歴やらレイプ事件など、なかなかアケスケで「これが混沌の60年代を生きた女性の感覚か!」と、じつにショッキングでしたが、70年代以降に名を馳せてからの名士たちとの交友録もやはりすごい。
特に驚いたのがジャン・リュック・ゴダールのSFノワールの金字塔的作品『アルファヴィル』を、デビーとロバート・フリップ(キング・クリムゾン)の2人を主演に据えてリメイクする企画が進行していたという話で、ゴダールに直談判したデビーが「君はイカれてる」と切り返されて頓挫したとか。
他にもアンディ・ウォーホルやウィリアム・バロウズ、デヴィッド・クローネンバーグやジョン・ウォーターズといった一癖も二癖もある天才たちと音楽を超えた交流のあったデビーですが、今回のコラムでは映画『エイリアン』の造形で有名なH・R・ギーガーとのコラボ作について語りたく思います。
H・R・ギーガーがデザインしたソロアルバムのジャケット
時期的には『オートアメリカン』と『ザ・ハンター』というブロンディのアルバムに挟まれる形で作られたデビー初のソロアルバム『予感(KooKoo)』のジャケットデザインを、ギーガーが担当しているのです。1980年のハンソンギャラリーでの個展の際に既にあいさつ済みだったこともあり、オファーしたところ二つ返事でOKがもらえます。
デビーの顔に刺さった4本の釘は、ちょうどそのときギーガーが受けていた鍼治療(アキュパンクチャー)用の鍼だということで、デビーもその語に含まれた “パンク” という響きを気に入っていたようです。ギーガーの説明によると、これらの釘は地、水、火、風という4大元素を象徴するものらしく、外部からやってくる雷エネルギーをそれによって受信し、デビーの脳内に直接送り込むイメージ(?)だといいます。
H・R・ギーガーがディレクションした2曲のミュージックビデオ
どうせならということで、収録曲「さよならの旋律(Now I Know You Know)」と「バックファイアー(Backfired)」の2曲のMVもギーガーに監督してもらおうと、デビーとパートナーのクリス・シュタインはスイスのチューリッヒに向かいます。ギーガー邸のテーブルの上には彼が6歳の時に父親から譲り受けた髑髏があり、その横には『エイリアン』で獲得したオスカー像とヒバロ族の干し首があったといいますから世界観は “ゴス” です。
ちなみに、ギーガーは真っ黒なカーテンで太陽光を完全に遮断しないとクリエイトできないと言っており、わが国でも小説家の佐藤春夫が全く同じことを言ってます。古くはエル・グレコが「太陽の光は内なる光を消す」などと言ってますから、闇の創作者列伝のようなものがあるのです。
さて「さよならの旋律」のMVではバイオメカノイド風の黒髪デビーがメロウな楽曲に合わせて奇妙な暗黒舞踏をやり、「バックファイアー」ではファンキーチューンにのせ、鉄仮面をつけた(やや荒俣宏似の)ギーガーとラップで掛け合いをやります。「メロウ」だの「ファンキー」だの「ラップ」だの、ギーガーのゴス的世界観にまったくそぐわないものがマッシュアップされていて、このごった煮の “ファンキーゴス” 感覚が当時酷評された理由かと思われます。
ラップソングを全米チャート1位に叩きこんだブロンディ
パンクやニューウェーヴで単純に括られることの多いブロンディですが、「ラプチャー」で史上初のラップソングを全米チャートの1位に叩きこんだりした功績も忘れ難く、とくに主軸のデビーとクリスは相当なラップマニアでその発展に貢献、またシックのようなファンクミュージックも大好きでした。そのため、本作のプロデュースはシックのナイル・ロジャースが担当していて、コンセプトは “黒人と白人の音楽的方法論の融合” だったそうです。
拙著『ゴシック・カルチャー入門』(Pヴァイン)で詳しくは触れていますが、ゴスは白と黒、善と悪のキアロスクーロ、二項対立を激化させた芸術様式で、必然 “差別”とも絡んできす。BLM(ブラック・ライヴズ・マター)が叫ばれる昨今、ヒップホップ的にすべてを混ぜ合わせるファンキーゴス感覚… いわばデビーのような感覚が白人的なゴス界隈に必要なのかもしれません。
2020.08.11