10月5日

くじらが捉えたヨーロッパの感覚、音に奥行きが出たパリのレコーディング

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photo:SonyMusic  

1986年、私にとっての初パリは、そんなにいい街じゃなかったなぁ。

ざっと眺める街の外観は、歴史の長さと重さを、否が応でも感じさせずにはおかない、それは立派なものですが、足元に目をやると、歩道には犬のウンチがあちこちに。

カフェに座って、道行く人を眺めていると、さすが、見目麗しきパリジェンヌが多い。しかし、もちろん確認したわけではありませんので、予め暴言であると認めますが、美しい女性は、(肌の感じなどから想像するに)20歳以下ばかり、あとは野となれ山となれって感じ。

スタジオやホテルは別ですが、なんだか英語を話してくれない、というか受けつけてくれませんでした。カフェの店員に、「カフィ」とか「ビア」と言っても「はぁ?」って顔をされる。仏語(風)で、「キャフェィ」(語尾を下げない)、「ビエール」(ルは巻き舌ね)と言えば、うなずいてくれますが、それくらいの英語、分からないわけがないでしょ! 絶対ワザと分からないふりをしていたんだと思います。

観光地や日曜の朝市とかで、複数回スリに会いました。と言っても子供たちで、下手くそだし、悪どくはないので(十分悪いけど)、追い払えば諦めてくれ、被害はありませんでしたが。

アジアの味が恋しくて、でも日本食は高いし、チャイニーズが案外少なく、元植民地、ベトナム料理の店が多いので、何度か行きました。ベトナムと言えばフォーですが、中華の麺類もあって、それを食べていたら、時折何か、強烈なクスリっぽい味がする。初めのうちは何がその原因なのか判らなくて、不思議でしたが、やがて、どこにでも生えてそうな葉っぱがそれであることを発見… パクチーとの出会いでした。この時生まれて初めて食したのです。もちろん、キライでした。抵抗なく食べられるようになったのはだいぶあとです。ウチの奥方はいまだに食べません。

また言葉の話になりますが、私のような会社スタッフの海外出張で、避けて通れないのが「領収書ください」というセリフ。ですから、まったく分からないドイツ語でも、「アイン・クビッテン・ビッテ」と、綴りも知らないくせに、一応言えます。ところがフランス語、「Un reçu, s’il vou plaît」なんですが、「領収書」にあたる「reçu」の発音が難しすぎて、何度やっても通じない。1日で諦めて、以降は、カードに書いて、ニコッとしながらそれを見せる、という方法で乗り切りました。

ところが、その後、知人にこの話をしていたら、「フィッシュって言えば通じるよ。魚と同じfishの発音。」と言います。え? でも「reçu」とは全然違うぞ。何かのおまじないかな。で、次のパリ出張の折に、半信半疑で使ってみたら、すんなり領収書をくれるじゃないですか。軽く感動しましたが、実はなぜ通じるのか、まだちゃんと解っていません。

「fiche」という仏単語があって、「釘」とか「プラグ」のことなんですが、「伝票」なんて意味もある。これじゃないかなー、と思ってはいますが。とにかく、今度パリ、フランスに行かれる方がおられたら、だまされたと思って使ってみてください。

“くじら” のパリ・レコーディングの話を書くつもりが、またまた寄り道ばかりしていますが、ともかくもこういうパリの街で(なんじゃそりゃ)、毎日、午前中はカフェに座って通行人を眺め、午後からは、石造りだけどポンコツな「ラムセス・スタジオ」にこもって音を紡ぐ、というルーティーンに明け暮れたのでした。

この話を書いていると、「Re:minder」の中の人が、1987年1月号の『ミュージック・マガジン』に載っていますよ、とわざわざスキャンして送ってくださいました。その後に、家の本棚を見たら、あった。怠慢なことに、読んでもいなかった…。

北中正和さんが、角松敏生、忌野清志郎と、くじらを取り上げながら、「日本人の海外レコーディングは新段階を迎えている」というタイトルで、インタビューを踏まえた、8ページにも渡る評論を寄せておられます。

「海外レコーディングは… レコード会社や原盤制作会社にとっては円高の恩恵も手伝って、制作費を節約し、宣伝効果を高め、しかもミュージシャンに喜ばれる方法である」と、前回私がここにグダグダと書いたことが、端的に言い表されています。そうそう。1983年の、山下久美子のニューヨーク・レコーディングの頃は、海外録音にまだ希少性がありました。1ドル=250円くらいの円安で、多少高くついても、話題性を優先する、そういう判断でした。それから僅か3年で、先に経済性が挙げられるという「新段階」に入っていたわけですね。

そして、くじらの杉林恭雄くんの言葉として、「ぼくらが持っている平面的で浮世絵的なものと、街が意識的に奥行きを見せてるようなヨーロッパの感覚が出会ったというかんじかな。音の遠近感というか、音像に奥行きが出た」とあり、北中さんは「(前作の)『パノラマ』の音がせんべい状とすれば、『たまご』の音は球状に近い」と表現しています。

パリで丸く育った「たまご」を、今度はベルリンに運んで、孵化させる作業に移ります。

……つづく。

2018.09.03
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1970年生まれ
ジャン・タリメー
毎回,くじらのお話,楽しみに拝読しております.当時のリアルな評価と雰囲気が回顧されていて,興味深く読ませていただいています.くじらのアルバムは私の敬愛する小玉和文さんが参加されたものしか所有していませんが.この度は当時のフランスの雰囲気にも触れられていて,現在との違いを知ることができました.やはり,くじら,もっと聞いてみましょうかね.
2018/09/03 10:56
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カタリベ
1954年生まれ
福岡智彦
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