7月27日

YMO最後の実験、シモンズドラムを使った「過激な淑女」と 明菜の「禁区」

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YMOの再始動、1983年「浮気なぼくら」でも続いたテクノ的実験


80年代初頭よりワールドツアーの成功、オリジナルアルバムのスマッシュヒットなど、快進撃を続けていたイエロー・マジック・オーケストラ(以下 YMO)でしたが、1982年はグループとしての実質的な活動は行わずに各メンバーのソロ活動などに充てるなど休養期間とし、まるで鳴りを潜めているようでした――

しかし、明けて1983年5月にアルバム『浮気なぼくら』を引っ提げて、YMO は再始動を始めました。

その音は世間のざわめきを生みました。なぜならばその前に発表された『BGM』や『テクノデリック』などのハードコア路線とは一線を画した、いわゆる歌謡曲路線と評される日本語の歌詞、わかりやすい構成など、大きく路線が変わっていたからです。一見 “普通のバンド” になったように思えましたが、彼らの “テクノ” 的な実験は続いており、さりげない進化を遂げていたのでは? というのが今回のお話です。

日本初? シモンズドラムを使った「過激な淑女」と 中森明菜「禁区」


『浮気なぼくら』発表から2カ月後の7月にシングル「過激な淑女」が発売されたわけですが、そこで使われていたドラムのサウンドがこれまでとはちょっと違っていました。1979年のワールドツアーからいわゆる “シンセドラム” は使用されていたのですが、それと比べ音の立ち上がりが鋭い、エッジの効いたその音は新鮮に聴こえたのです。そう、それがシモンズドラム。YMO よりはむしろ C-C-B で有名になるあの六角形のドラムなのですが、日本の音楽シーンで登場したのはほぼこれが初めてだったのではないかと思います。

そして更に2か月後、「過激な淑女」と同じく細野晴臣氏の手によって9月7日に別の曲がリリースされます。中森明菜さんの「禁区」です(作詞は売野雅勇さん)。この曲の成り立ちも「過激な淑女」と同様に高橋音源のリンドラム(デジタルリズムマシン)を基調としてシモンズドラムが重なるという構成で、どことなく全体の構成も似ているような…

それもそのはず。元々「過激な淑女」は明菜さんに提供されていたのです。諸般の事情によりボツとなり、そのお鉢が YMO に回ってきた―― 要するにそのあとで明菜さん用に更に書き下ろしたのが「禁区」というわけです。こちらもトップチャートを賑わせる大ヒットとなりました。

シモンズドラムは散開ツアーでも使われているけど…


この時期に YMO は自らへの皮肉として歌謡曲路線という枷をはめたのですが、その副産物として各メンバーが歌謡曲の歴史を彩る名曲を生み出しているというのは不思議な感じがします。その後、彼らは散開を発表し、活動の最後を飾る1983年のジャパンツアーではドラムセットとしてシモンズを取り入れました…

しかし、レコーディング曲にシモンズが使われたのは「過激な淑女」一曲だけ。

これは、コンピューターによって制御された巨大なシンセサイザーをサウンドの軸に据えて、レコーディングを長期にわたって行い、あまつさえそのセットをほぼそのまま海外に持ち出してリアルタイムで稼働させたうえでライブパフォーマンスを見せたり、そのために本来裏方であるマニピュレーター松武秀樹氏をステージに上げてその存在をフィーチャーしたり、エンジニアによるハンドメイドのサンプラーを取り入れて工場のノイズを取り込んでリズムとして取り入れたりするなど、様々な実験的要素を日本のポップスに取り入れてきた YMO の最後の実験だったのかもしれないなぁ… と、私は思うのです。そして、その散り際はラストライブの舞台装置を燃やしてしまうという象徴的なものでありました。


※2018年10月22日に掲載された記事をアップデート

2020.07.27
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