3月21日

ストリート・スライダーズ 初の武道館公演を収録「ザ・ライブ!天国と地獄」

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ザ・ストリート・スライダーズのライブアルバム「THE LIVE! ~HEAVEN AND HELL~」がリリースされた日
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正統派ギターバンド、ザ・ストリート・スライダーズ


1980年代に登場した日本のロックバンドの中でも、ザ・ストリート・スライダーズはかなり特異な存在なのかな、という気がする。

アマチュア時代には “リトル・ストーンズ”とも呼ばれていたというエピソードもあるように、彼らの演奏スタイルには確かにローリング・ストーンズからの影響が感じられる。しかし、そもそもローリング・ストーンズは、ブルースをルーツとしたオードックスでアーシーなギターロックバンドなのだから、その流れを汲むバンドということになれば、まさに伝統的スタイルのロックバンドなのだと言えるだろう。

ストリート・スライダーズは、ロック史的に見ればきわめて正統派のギターバンドでだと思うし、日本でも1970年代にはこうしたスタイルのバンドはたくさんあった。しかし1980年代になると、そんな伝統的スタイルを強く感じさせる正統派バンドがある意味で特異な存在に映るというのも面白い現象だと思う。

それはけっして皮肉でもなければ、ストリート・スライダーズが古臭いと言っているわけでもない。

1960年代に世界的ムーブメントとなったロックンロールは、当然にも日本の若者たちにも強烈な影響を与えた。それこそローリング・ストーンズやビートルズを聴いて、自分でも楽器を手にしたりバンドを結成する若者が増え、日本にも独自のロックシーンが生まれていった。

花開く日本のロックムーブメント、ストリート・スライダーズの魅力とは


最初は海外のロックアーティストのカバーだったり真似事が多かったが、そこから次第に日本ならではのオリジナリティをもった作品が生まれていく。そして、次第に底辺が広がり、表現スタイルのバリエーションも多彩になっていくなか、1980年代の日本のロックムーブメントが花開いていく。

ストリート・スライダーズもこうした流れのなかで誕生したバンドだ。1980年に、ヴォーカル、ギター:村越明弘(HARRY)、ギター、ヴォーカル:土屋公平(蘭丸)、ベース、ヴォーカル:市川洋二(JAMES)、ドラム:鈴木将雄(ZUZU)によって結成され、東京の多摩地区を中心に活動。翌1981年にソニーのSDオーディションで注目され、1983年にEPICソニーより、ファーストアルバム『SLIDER JOINT』、ファーストシングル「BLOW THE NIGHT」でデビュー、というキャリアもまさにこの時代ならではのデビューの仕方だった。

しかし、その前後にデビューした多くのロックアーティストたちの中で、ストリート・スライダーズには圧倒的にダークな印象があった。ザラッとした手触りと、腰の強い粘りを感じさせるギターサウンド、そして村越明弘の熱い情念を感じさせるシャウトヴォーカル。そのエネルギッシュな演奏には、人の心の奥にある “陰” の感情を刺激するような不思議な魅力があった。

時代に取り残された人たちに寄り添った音楽


かつて、ビートルズから伝わるインパクトを “陽”、ローリング・ストーンズのインパクトを “陰” と対比されることがあった。この言い方もなんとも乱暴で、そんなに簡単に二分できるもんじゃないとは思うが、ニュアンスとしてはわからないでもない。そして、ストリート・スライダーズの音楽にも、ローリング・ストーンズに通じる “陰” のエネルギーが感じられるということも確かだと思う。

ただし、それはストリート・スライダーズがローリング・ストーンズの模倣をしているということではない。そうではなく、ローリング・ストーンズがあの時代の若者に与えたものに匹敵するインパクトを、ストリート・スライダーズは1980年代の日本に生み出そうとしたのだろう。

そのために彼らはあえて、伝統的な4ピースのギターバンドのスタイルを選んで、ディープなビートをもつロックンロールに根差したオールドスクールなサウンドを自分たちの “表現” としたのだ。だから、1980年代の日本の音楽シーンにおいて、それは新鮮なインパクトを与えうる “新しい表現スタイル” でもあったのだ。

ストリート・スライダーズの曲を聴いていると、好景気の時代を迎え、華やかに浮かれているように見える1980年代の日本にどこか居心地の悪さを感じざるを得ない “取り残された人達” に、その曲が向けられてるのではないか、飽食の時代に浮かれて一緒に踊るのではなく、その “陰” に潜む人達に寄り添う音楽になっていたのではないかという気がしたのだ。

その意味で、ストリート・スライダーズの音楽は、同じ時代を彩ったシティポップスとは裏表の位置から、あの時代を照らし出していたのだと思う。

初の武道館ライブを収録した「ザ・ライブ! ~天国と地獄~」


デビュー以来、ストリート・スライダーズはロックンロールのオリジンにこだわり、ビートとシャウトに託してメッセージを伝えようとするストイックさを頑固に守り続けていく。しかし、そんな彼らの音楽にまったく変化が無かったわけではない。その変化をリアルに振り返ることができるのが、1987年1月30日に行われた彼らにとって初の武道館ライブ『HEAVEN AND HELL(天国と地獄)』を収録した『ザ・ライブ! ~天国と地獄~』だ。

収録されているのは10曲で、この時点までに彼らがリリースした5枚のアルバムから2曲ずつ選曲される形になっている。それらの曲は別にアルバム順に並んでいるわけではないけれど、それぞれの曲が収録されていたオリジナルアルバムを意識して聴くと、彼らならではの表現の変化も見えてくるのだ。

初期のストリート・スライダーズの楽曲は、すべて村越弘明が作詞・作曲しているが、ドライブ感のあるビートに乗って歌われる世界にはどこか内向的なイメージが感じられるものが多かった。このライブアルバムに収録されている曲で言えば、ファーストアルバム『SLIDER JOINT』の「あんたがいない夜」「Blw The Night」、セカンドアルバム『がんじがらめ』(1984年)の「Dancin’ Doll」「So Heavy」といった楽曲には、どこか尖った肌触りというか、心をを閉ざしているようなニュアンスが感じられる。

実感するライブアーティストとしてのたたずまい


実はそんなクールさも彼らの魅力だったのだが、その後のアルバムではそのイメージが少しずつ変わっていく。その要因として楽曲制作に土屋公平が参加して行ったことがあるだろう。このライブアルバムにも土屋公平が書いた「天国列車」(4枚目のアルバム『夢遊病』(1985年)収録曲)が収められているが、確かにそれまでの曲と較べると聴き手に向いているという気がする。さらに土屋公平は自分で楽曲を書くだけでなく、村越弘明とJOY-POPSというユニットをつくってストリート・スライダーズの詞の大多数を共作するようになっていく。

JOY-POPSが詞を書いている曲として、このライブでは『夢遊病』の「Let’s go down the street」、『天使たち』(1986年)の「Baby Jump The Midnight」「Angel Duster」を聴くことができるが、初期の曲よりも歌詞に聴き手に語りかける印象が強くなっているだけでなく、演奏面でもビートにダイナミックなスウィング感が加わり、よりリスナーに向かっていくサウンドになっているという気がする。

それは、けっして初期のストリート・スライダーズのテイストを否定するということではない。かたくななまでの孤立感とリスナーに正面から向き合おうとする姿勢、その両面を持つことで、ストリート・スライダーズの世界がより深い陰影を持つものになっているのだから。

『ザ・ライブ! ~天国と地獄~』は、ストリート・スライダーズが1980年代の日本の音楽シーンにもたらしたインパクトを再確認させると同時に、彼らがその音楽を進化させていく成長の過程を切り取った、まさにメモリアル的なアルバムだと思う。もちろん、ストリート・スライダーズという4ピースバンドの、傑出したライブアーティストとしてのたたずまいを堪能できるアルバムでもある。

ちなみにこのライブアルバムのミックスダウンは西ベルリンのハンザ・スタジオで、デヴィッド・ボウイの『HEROES』などを手掛けた名エンジニア、マイケル・ツィンマリングの手で行われている。

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2021.10.15
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