6月8日
夏の扉とルビーの指環、聖子の運命を決定づける神曲と立ちはだかる最強の敵
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松田聖子のシングル「夏の扉」がオリコンチャートで1位になった日
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photo:SonyMusic  

人は、変わることより、変わらないことのほうが難しいと言われる。

事実、そのアイドルは「髪を切った私に」と歌いながらも、頑なに髪を切らなかった。だが―― その決断が、彼女を真の時代のアイドルたらしめたのである。


彼女の名は松田聖子。

今日、6月8日は―― そんな彼女のアイドル史上最大のピンチと言われた、今から37年前―― シングル連続1位記録の前に立ちはだかった最強のライバル、寺尾聰の「ルビーの指環」を抑えて「夏の扉」がオリコンチャート1位に輝いた、記念すべき日である。

話は少しばかり、さかのぼる。

時に1980年8月、松田聖子は2作目の「青い珊瑚礁」で『ザ・ベストテン』にランクインするなど一躍ブレイクすると、10月には山口百恵の引退と入れ替わるように、アイドル界の第一線に―― 3作目の「風は秋色」で初めてオリコン1位に輝いたのである。日本歌謡大賞では田原俊彦と並んで新人賞を獲得し、暮れの『NHK紅白歌合戦』に初出場を果たした。

デビュー1年目でトップアイドルとなった松田聖子。だが、彼女のプロデューサーであるCBSソニー(当時)の若松宗雄サンは、その地位に安住していなかった。アイドルは常に新しいことを仕掛けていないと、すぐに飽きられる―― そこで次のシングルは、ニューミュージック界の大御所、チューリップのリーダー・財津和夫に曲を依頼した。

それが、4作目の「チェリーブラッサム」である。有名な話だが、当初、聖子はこの曲をあまり気に入っていなかった(今ではお気に入りのナンバーらしいが)。正直、僕も含めて世間は、そのマイナーな曲調に「おや?」と、ちょっと違和感を覚えていたと思う。いい曲かもしれないが、聖子ナンバーとしてはどうだろうと。実際、同曲は『ザ・ベストテン』で、前作の「風は秋色」の4週連続1位に比べ、2週間しかトップを取れなかった。

多分、ここが正念場だったと思う。松田聖子が人気アイドル歌手で終わるか、時代を象徴するトップシンガーとなれるか―― そこでリリースされたのが、今回取り上げる5枚目のシングル「夏の扉」である。


 フレッシュ! フレッシュ! フレッシュ!
 夏の扉を開けて
 私をどこか連れていって
 フレッシュ! フレッシュ! フレッシュ!
 夏は扉を開けて
 裸の二人包んでくれる


最初にその曲を聴いたのは、資生堂の「エクボ」のCMだった。ほら、彼女のデビュー曲の「裸足の季節」や3枚目の「風は秋色」がCMソングに起用され、モデルの山田由起子サンが出演したお馴染みのシリーズだ。今作も初夏に相応しい爽やかな作品に仕上がっていた。キャッチーなメロディが印象的だ。

“今度の曲はイケる” ―― 僕が松田聖子の新曲を一聴してそう確信したのは、「青い珊瑚礁」以来である。意外にも、それは前作同様、財津和夫サンの作曲だった。初期のチューリップを彷彿とさせるメジャーコードの楽曲。実際、聖子自身もこの曲を1回聴いてすぐに好きになったと証言している。

4月21日、「夏の扉」リリース。改めてフルコーラスを聴いて、僕は虜になった。先にCMで聴いたサビはもちろん、全体を通して明るく軽快なメロディワーク。デビュー以来、彼女の作詞を手掛けてきた三浦徳子サンの描く瑞々しい世界観も実にハマっている。タイトルは、ロバート・A・ハインラインの SF小説『夏への扉』から取ったらしい。


 髪を切った私に
 違う女みたいと
 あなたは少し照れたよう
 前を歩いてく


そして、この出だしのフレーズが、冒頭でも述べた、後に彼女の人気を不動にするコピーワークとなる。「髪を切った私に」―― と歌いつつ、彼女はデビュー以来の “聖子ちゃんカット” を切らなかったのだ。

振付けをよく見ると、彼女は先のフレーズの直後、左手をハサミのように髪を切る仕草をしている。そこまでしながら―― 彼女は頑なに髪を切るのを拒んだのだ。なぜか?

―― アイコンだ。長めの前髪とサイドをレイヤード風に後ろへと流す聖子ちゃんカットは、70年代のファラ・フォーセットや当時のサーファーカットを参考にしつつ、四谷の美容室「ヘアーディメンション」(当時)のオーナー飯塚保佑サンと相談を重ね、完成させたと言われる。デビュー時は短めのおかっぱ風だったが、段々と髪が伸びて、「夏の扉」の頃には洗練された風格を備えていた。

都合2年間、彼女は聖子ちゃんカットを保ち、3年目の「赤いスイートピー」の前に、髪を切ってショートにイメチェンした。しかし―― 時に聖子ちゃんカットは大流行。世の女性たちはこぞって同じ髪型をして、「花の82年組」と呼ばれるアイドルたちも、一様に聖子ちゃんカットでデビューした。その傾向は、岡田有希子や菊池桃子ら84年デビュー組まで続いたと思う。

そう―― 2年間イメチェンせずに、アイコンを保ち続けた結果、松田聖子は時代を象徴するアイドルになったのだ。単なる若い層だけに支持される “流行” ではなく、老若男女が認知する “社会現象” になった。昨今、飽きたからと髪型をコロコロと変えたがるアイドルがファン以外に認知されないのは、そういうことである。

「夏の扉」の話に戻る。

時に神様は残酷である。松田聖子の運命を決定づける神曲を与える一方、最強の敵役を用意したのだ。寺尾聰の「ルビーの指環」である。『ザ・ベストテン』史上最長となる12週連続1位の偉業を達成した名曲だ。

当時、同曲はオリコンでも連続1位を快走中で、近藤真彦の「ヨコハマ・チーク」や田原俊彦の「ブギ浮ぎ I LOVE YOU」がその壁に挑むも、ことごとく跳ね返されていた。「夏の扉」も快調にランクを駆け上がったが、5週連続2位に留まり、もはやこれまでと諦めムードが漂っていた。シングル連続1位の記録は儚く途切れようとしていた。

その時である。

迎えた1981年6月8日―― 「ルビーの指環」が11週連続1位を賭けたその日、「夏の扉」がよもやの逆転を果たし、シングル連続1位記録が保たれたのだ。普通、5週も2位に留まれば、そこから1位に浮上するなどありえない。だが―― そのありえないことが起きたのだ。

答えは、同曲のイントロにあった。

今日でも、松田聖子のコンサートでアンコール前のラストを飾るのは、「夏の扉」と決まっている。同曲のイントロが流れた瞬間、会場の興奮がピークに達するからである。

それは、同曲のアレンジャーを務めた、故・大村雅朗サンの名仕事と言われる。

大村サンといえば、「SWEET MEMORIES」の作曲者でもあり、80年代の日本のポップスシーンを盛り上げた偉大なる編曲家である。78年、八神純子の「みずいろの雨」の編曲で一躍注目を浴び、以後、山口百恵の「謝肉祭」、松田聖子の「青い珊瑚礁」、吉川晃司の「モニカ」、大沢誉志幸の「そして僕は途方に暮れる」、渡辺美里の「My Revolution」等々、数多くのヒット曲の編曲を手掛けた。都会的なセンスと、最先端の音質を反映させるのが、彼の持ち味。それが十二分に発揮されたのが、「夏の扉」のイントロだった。

そのシンセサイザー音や軽快なコード進行は、完全に財津メロディの本編から独立したものだった。大村サンが書いた旋律を、日本屈指のシンセサイザープログラマー松武秀樹サンが打ち込んだものである。

一聴して、誰もがその世界観の広がりに圧倒される。正直、このイントロだけで「夏の扉」は神曲になったと言っても過言ではない。連続1位記録を保てたのは、単なるアイドルソングの域を超えた、神イントロのお陰ではないか――。

松田聖子という稀代のアイドルを作り上げた作家陣には、初期の小田裕一郎・三浦徳子コンビを始め、中期以降の事実上のプロデューサーを務めた松本隆サン、そして財津和夫やユーミンら一流の音楽家たちが名を連ねるが、アレンジャーとして大村雅朗サンの偉大なる功績も忘れてはいけない。福岡出身の彼は、同郷の聖子から兄のように慕われ、周囲から仲の良い兄妹のように見られていたという。

松田聖子の史上最大のピンチを救った「夏の扉」の神イントロ―― 46歳で早世した名アレンジャーの仕事は、今も聖子のコンサートで観客をその日最も沸かせている。



歌詞引用:
夏の扉 / 松田聖子


2018.06.08
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