3月21日

黄金の6年間:ユーミンとの共振、中島みゆきが最も花開いた時代

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photo:YAMAHA MUSIC COMMUNICATIONS  

1981年に出版された村上龍と村上春樹の対談本『ウォーク・ドント・ラン』のあとがきで、村上龍は対談相手について、こう記している。

“ある作家の出現で、自分の仕事が楽になる、ということがある。他者が、自分をくっきりとさせるのである。ただし、そのためには、他者が相応の力がなくてはならない。「お前がデビューして、俺は楽になった」私は、中上健次からそう言われたことがある。同じ意味のことを、私は村上春樹に言った。”

―― 面白い。小説のスタイルも文体もまるで異なる2人だけど、真のライバルとは、こういう関係性のことを言うのかもしれない。

同様に、音楽の世界では、あの2人の歌姫(ディーバ)が、まさにこれと同じ関係性にあるのではないだろうか―― 松任谷由実と、中島みゆきである。

2人もまた、音楽のスタイルや表現方法はまるで異なるが、互いに才能を認め合う仲であるのは有名な話だ。かつて、それぞれ自分のラジオ番組で、時には毒舌を交えつつ、エール交換し合ったことも一度や二度じゃない。

松任谷「二十歳になったらタバコもお酒もケッコン! も自由ですから、頑張って下さ~い」

中島「あのお方、苗字まで変えてるのに旦那に相手にされてない。いと哀れ(笑)」

―― もちろんジョークだ。互いに真のライバルと認め合う仲だからこそ、自由にものが言い合えるのだろう。

興味深いのは、物理の法則の「共振」(一方の物理現象が、もう一方にも伝わり、互いに同じ動きをすること)じゃないけど、2人がその音楽的才能を最も発揮した時期もまた、不思議と重なっている。

前に、このコラムでユーミンを取り上げた際、僕は彼女の最盛期を年2枚のオリジナルアルバムを出した時代と定義し、それが1978年から83年の「黄金の6年間」(東京が最も面白く、猥雑で、エキサイティングだった時代)とピタリと重なると説いたが―― 中島みゆきサンもまた、その音楽的才能が最も花開いた時代は、奇しくも「黄金の6年間」とほぼ重なる。

少々、前置きが長くなったが、今日2月23日は、中島みゆきサンの誕生日である。ユーミンより2歳上だが、デビューは3年遅い。ちなみに、先の2人の村上サンも、春樹は龍より3歳上だが、デビューは3年遅い。

そして奇しくも、4人とも早生まれである(どうでもいいか)。

みゆきサンのデビューは1975年9月、シングル「アザミ嬢のララバイ」である。時間軸を混同している人も多いが(僕もその一人だ)、「時代」でポプコンのグランプリを受賞するのは、この後である。同年12月、2ndシングル「時代」をリリース。これがオリコン最高14位と、初のスマッシュヒットとなる。

だが、一般的な知名度はまだ低く、彼女の名が一躍知れ渡るのは、翌76年に研ナオコさんに楽曲提供した「あばよ」がオリコン1位と大ヒットしてからである。この辺りは、75年にバンバンに楽曲提供した「『いちご白書』をもう一度」がオリコン1位を記録したユーミンの軌跡とよく似ている。

そして1977年―― いよいよ中島みゆき自身が歌う曲がオリコン1位に輝く。9月にリリースされた「わかれうた」である。同年12月26日には、フジテレビの『夜のヒットスタジオ』に出演し、デビュー曲と同曲を披露。黒のロングドレスに裸足、ギター一本で歌う姿は波紋を呼んだ。今でも、FNS歌謡祭などで時々 VTR が流れるので、観たことのある人も多いだろう。

だが、その出演が特例であったことを、間もなく僕らは知らされる。時代は1978年を迎え、黄金の6年間が幕開ける―― そう、あの歴史的番組が始まるのだ。TBS『ザ・ベストテン』である。

時に、1月19日―― この記念すべき初回放送の第4位にランクインしたのが、「わかれうた」だった。「申し訳ございません」とお辞儀をする久米宏サン。みゆきサンはこの歴史的番組の栄えある出場辞退第1号となったのだ。

とはいえ、時代の神様はこの天才ディーバを簡単には手放さない。面白いのは、この直後、第3位にランクインしたのが、桜田淳子の「しあわせ芝居」だった。ご存知、中島みゆきの作詞・作曲。この日、視聴者はみゆきワールドを淳子の歌声を通じて堪能した。自分は出場を辞退しながら、楽曲提供で他の歌手を自分の分身で出す―― 意図的かどうか分からないが、なかなかエスプリのきいたセルフプロデュースである。

そう、黄金の6年間―― この時代のみゆきサンは自身のヒット曲に加え、他の歌手への楽曲提供でも目覚ましい活躍を見せる。

78年には、研ナオコさんに「かもめはかもめ」を提供し、同曲はこの年の日本レコード大賞金賞を受賞する。

79年には自身のシングル「りばいばる」が30万枚を超えるヒット。更にこの年、ラジオ『中島みゆきのオールナイトニッポン』(ニッポン放送)をスタート。歌唱で見せる表情とはまるで違うハイトーンの喋りで一躍話題となる。

80年にはシングル「ひとり上手」をリリース。個人的には僕自身が最も好きなみゆきソングで、この種のポップなメロディラインが、実は彼女の真骨頂だと思ってる。


 私の帰る家は
 あなたの声のする街角
 冬の雨に打たれて
 あなたの足音をさがすのよ


そして―― 翌81年には大ヒット曲「悪女」をリリース。これも同じ系譜である。この時期の彼女は、メロディーメーカー中島みゆきの1つの頂点じゃないだろうか。同年、ピンク・レディー解散からソロになった増田けい子(現・惠子)サンにデビュー曲「すずめ」を提供、これも軽快な曲調でオリコンベスト10入りを果たす。

81年といえば、あのドラマで使われたみゆきソングも忘れられない。『3年B組金八先生』(TBS系)第2シーズンの最終回の1つ前――「卒業式前の暴力2」の加藤(直江喜一)と松浦(沖田浩之)の逮捕シーンだ。アルバム『愛していると云ってくれ』に収録されている「世情」が挿入歌として使われ、同ドラマ屈指の名シーンとなった。演出は天才・生野慈朗。同回は31.5%と、最終回に次ぐ高視聴率を記録する。

82年には「悪女」も収められた9thアルバム『寒水魚』がオリコン年間アルバム1位と、ビッグヒット。ここに至り、みゆき人気は頂点を迎える。翌83年には柏原芳恵に提供した卒業ソング「春なのに」もヒットさせ、同曲で彼女はレコード大賞・作曲賞を受賞する。

しかし―― この83年を最後に、中島みゆきは長期スランプに入る。アルバム・シングルともセールスが低下し、他の歌手への楽曲提供も振るわなくなる。気が付けば、黄金の6年間は終わり、ライバルのユーミンも年2枚のオリジナルアルバム制作から撤退していた。そう、宴の季節は終わったのだ。

後に、みゆきサン自身はこのスランプ期を「御乱心の時代」と回想している。
瀬尾一三サンを新たにプロデューサーに迎え、アルバム『グッバイガール』で華麗に復活を遂げるには、あと5年ほど待たねばならない。

2019.02.23
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  YouTube / yamahamusicchannel


iTunes / 寒水魚(リマスター) 中島みゆき

 

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カタリベ
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