1975年 6月5日

等身大100%  髪を伸ばして化けたアイドル、桜田淳子は僕の初恋?

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桜田淳子のシングル「十七の夏」がリリースされた日
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髪を切って化けるアイドルもいれば、髪を伸ばして化けるアイドルもいる。今回は、後者の話である。

彼女はデビュー当時、ショートカットに白のエンジェルハットがトレードマークだった。エンジェルハットとは、今で言うキャスケットのこと。まるでおとぎの世界から飛び出してきた天使の風貌に、愛くるしい笑顔。100%のアイドルソングを天真爛漫に歌う彼女は、たちまち人気者になった。

その年の暮れ、彼女は3枚目に出した絵本の世界のような楽曲で、レコード大賞最優秀新人賞を始め、各音楽賞の新人賞を総なめにする。まさに、一点の曇りもないエンジェルだった。

だが―― 当時の僕は正直、彼女にあまり関心がなかった。同級生の女の子たちは夢中になって応援していたが、あまりに優等生然とした “天使路線” に、子供ながらに冷めていた。「あれは女子供が応援するアイドルだ」なんて、自分のことは棚に上げて。

そんな僕が、ある日、彼女への思いを一変させる。

それはデビュー3年目となる、1975年初頭のことだった。そのアイドルがリリースした8枚目のシングルが自身初となるオリコン1位となり、歌番組への露出が増えていたのだ。久しぶりに見る彼女は髪が伸び、キレイなお姉さんになっていた。幼心に、ドキッとしたのを覚えている。もしかしたら僕の初恋だったのかもしれない。


そう、彼女の名は桜田淳子――。

前々年に新人賞を総なめにした曲は「わたしの青い鳥」で、初のオリコン1位曲が「はじめての出来事」である。そして、彼女はアイドル人生における絶頂期を迎える。アイドル雑誌の人気投票は常に1位。毎号のように表紙を飾り、マルベル堂の “プロマイド” の売上げもトップ。初の主演映画に、若者に人気のテレビドラマに出演と、多忙を極める。その頂点が、43年前の今日―― 1975年6月5日にリリースされたシングル「十七の夏」だった。


 特別に愛してよ 十七の夏だから
 私を変えていいのよ 泣いたりしない
 まぶしさが好きなのよ 正直になれるから
 心のうちのすべてを 打ち明けられる


作詞:阿久悠、作曲:森田公一の座組は、「はじめての出来事」と同じである。デビューから2年目の途中まで、彼女の楽曲は中村泰士先生による作曲が続いたが、それら初期の “天使路線” と違い、森田先生の楽曲は等身大のメロディだった。ゆえに、阿久悠先生も等身大の歌詞を書いた。むろん、この時の桜田淳子も17才である。


 こっちへおいでと あなたが言うから
 裸足で駈けてとんで行く
 広げた腕のその中へ
 好きよ好きよ好きよ こんなにも


それは、リアルな17才の心情が綴られた楽曲だった。そう、リアリティ―― これが、当時の桜田淳子の人気を表すキーワードになる。ライバルの山口百恵がいわゆる “性典路線” で大人びた詞を歌わされ、どこか事務所の戦略臭がしたのに対し、淳子は一足先に等身大への脱皮に成功していた。「はじめての出来事」から髪を伸ばし始めたのが、そのサインだった。一方、百恵が「横須賀ストーリー」で等身大へと舵を切るのは、翌76年の6月まで待たねばならない。

楽曲以外の活動でも、淳子と百恵は対照的だった。百恵が、映画は古典的な文芸路線、ドラマは大映ドラマの『赤いシリーズ』と、これまた大人たちの戦略臭がしたのに対し、この年、淳子は映画とドラマでそれぞれ等身大の高校生の役を演じる。

映画は、当時、ラジオ『セイ! ヤング』のパーソナリティだった落合恵子(レモンちゃんなんて呼ばれてましたナ)のベストセラー本『スプーン一杯の幸せ』を原作とした同名タイトルの青春ムービーである。淳子はバドミントン部に籍を置く17歳の高校生ヒロイン。共演は当時31歳の黒沢年男(現・年雄)で、微妙に同年代の相手役を避けたのも、当時の彼女の人気ぶりを伺わせた。

物語は、淳子演ずるヒロインが、黒沢演ずるバドミントン部の顧問に最初は反発しつつも、次第に恋心を抱くが―― 当の黒沢は女手一つで淳子を育てた母親役の浜木綿子へ思いを募らせるという、奇妙な三角関係。

ま、少女漫画のようだと言ってしまえばそれまでだが、当時、アイドル雑誌は毎号のように映画の撮影風景を紹介し、スコート姿の淳子の肢体が鮮烈だったのを覚えている。どちらかと言えば日本人的な体形の百恵に対し、淳子は足が細く、スタイルがよかった。映画はゴールデンウィークに松竹系で公開され、百恵が主演する東宝の『潮騒』とのライバル対決が騒がれた。

翌6月には、淳子は話題のテレビドラマに出演する。TBS系の『あこがれ共同隊』である。

これ、今思えば元祖トレンディドラマだったんですね。当時のトップアイドルの郷ひろみ、西城秀樹、桜田淳子らが共演。舞台は若者の街・原宿で、最先端のアパレル業界を描き、主題歌を山田パンダが歌い、これを吉田拓郎が作曲した。ちなみに、バックコーラスにはシュガーベイブ時代の山下達郎も参加している。ドラマにはペニーレインなど、実際の原宿のロケシーンも多数登場し、当時の若者たちの話題になった。

淳子の役は、西城秀樹演ずる酒屋の息子の恋人である。ここでも等身大の17才の高校生。マラソンランナーを目指す秀樹は毎朝練習に励み、淳子は自転車で伴走する。ドラマの前半は仲睦まじい2人が描かれたが、途中で秀樹が病に倒れ、後半は淳子が郷ひろみ演ずるファッションデザイナーの卵に、次第に思いを募らせる展開に――。

秀樹の途中降板は、淳子の相手を一人に固定化させない、作り手サイドの苦肉の策だったのかもしれない。

残念ながら、僕はこの『あこがれ共同隊』を1、2回しか観ていない。なぜなら、同ドラマの放送枠はTBSの金曜夜8時。後に金八先生が放映される枠だが、当時は裏の日テレの『太陽にほえろ!』が勝野洋サン演じるテキサス刑事の時代で、全盛期。視聴率は毎週30%前後で推移し、ほとんどこちらを観ていたからだ。

『あこがれ共同隊』は6月6日にスタートし、9月26日に有終の美を迎えた。その放送期間は、まさに「十七の夏」がヒットしたシーズンと重なる。


 誰もみな見ないふり してくれる恋人に
 こうして二人なれたわ
 十七の夏


その夏、「十七の夏」は40万枚以上を売り上げ、淳子にとって「はじめての出来事」に次ぐ、自身2番目のセールスを記録した。デビュー時より髪が伸びて美しく進化した17才は、最高の夏を謳歌していた。アイドルの世界は、彼女を中心に回っていると言っても過言じゃなかった。

翌年8月、ピンク・レディーがデビュー曲「ペッパー警部」で台風のような猛威を振るう、1年前の話である。



歌詞引用:
十七の夏 / 桜田淳子


2018.06.05
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カタリベ
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