4月1日

EPICソニー名曲列伝:ラッツ&スター「め組のひと」と井上大輔の湿ったロックンロール

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EPICソニー名曲列伝 vol.7

ラッツ&スター『め組のひと』
作詞:麻生麗二
作曲:井上大輔
編曲:井上大輔、ラッツ&スター
発売:83年4月1日


『ランナウェイ』の大ヒット(97.5万枚)で世に出たシャネルズが「ラッツ&スター」に改名して最初のシングル(厳密にはシャネルズ時代においても「CHANELS」→「SHANELS」に改名した)。62.2万枚も売り上げているので、改名は大成功ということになるのだが。

しかし、このシングル発売の日に高校2年生になった私は、この改名とこの曲を、少々冷ややかに見ていた。いかにもドゥワップ・グループっぽい「~ズ」から離れ、また曲調も、ドゥワップというよりはラテン×ディスコで(後に「ファンカラティーナ」という言葉を知る)、正直、時代に迎合した軽薄な感じがしたからだ。

そして、その軽薄な感じは、資生堂の CM タイアップだったことで、さらに増幅された。

思えば、70年代の資生堂タイアップは、どこかハイカルチャーな感じがあった。特に尾崎亜美の手による『マイ・ピュア・レディ』(77年)や『春の予感 ~ I've been mellow』(南沙織 78年)などは、大衆をいい意味で啓蒙するような気品に溢れていた。

しかし80年代に入ると、そのカルチャー感を「プロモーション感」が制圧していく。「ルージュ」という商品ジャンル名がタイトルに入った忌野清志郎+坂本龍一『い・け・な・いルージュマジック』(82年春のキャンペーン)などはその典型だ。字数の関係で省くが、当時資生堂のライバルだったカネボウのタイアップ曲は、資生堂を上回るプロモーション感があった。

『め組のひと』は、資生堂83年の夏のキャンペーン。この謎なタイトルは CM のコピーそのままで、江戸時代の火消し組の名前を模しながら、「め」(目)を際立たせるアイシャドウ「資生堂サンフレア」のプロモーションと直結している。『マイ・ピュア・レディ』に対する、この曲の強いプロモーション感が分かっていただけるだろうか。

「め組のひと」というコピーが先にあって、麻生麗二という作詞家がそのコピーから、見事な職人技で歌詞世界を広げたのだろう。この麻生麗二という作詞家のまたの名は売野雅勇。前年に中森明菜『少女A』で名を上げた売野が、元コピーライターという経歴も活かしながら、この曲でさらにブレイク。人気作詞家として、ここから数年、時代と寝ることになる。

作曲は井上大輔。こちらもラッツ&スター、麻生麗二同様の改名組で、81年に井上「忠夫」から「大輔」に改名。そしてこの人もまた当時、まさに時代にぴったりと寝ているところ。

シンガーとしては映画『機動戦士ガンダム』の主題歌となった『哀 戦士』(81年)と『めぐりあい』(82年)、プレイヤーとしては、山下達郎『悲しみのJODY』(83年)における激烈なサックスソロ、そして何といっても作曲家として、ヒットを連発していた。

火付け役となったのはシャネルズ。そしてシブがき隊である。この2組が導火線となって、83~84年には「井上大輔メロディ」が、ラジオから絶え間なく流れ続けていた。81年以降の主な「井上大輔メロディ」リスト。

歌手名『曲名』/発売月/作詞家/売上枚数(万枚)
■ シャネルズ『街角トワイライト』/81年2月/湯川れい子/71.7 ※井上忠夫名義
■ シブがき隊『ZIG ZAG セブンティーン』/82年10月/三浦徳子/33.5 ※シブがき隊最大のヒット
■ ラッツ&スター『め組のひと』/83年4月/麻生麗二/62.2
■ 葛城ユキ『ボヘミアン』/83年5月/飛鳥涼/41.4
■ 郷ひろみ『2億4千万の瞳』/84年2月/売野雅勇/21.3
■ 杏里『気ままにREFLECTION』/84年4月/三浦徳子/17.1

ニューウェーブなアレンジを剥いで、これらの楽曲の本質に耳を澄ませてみると、驚くほどの一貫性があることに気付くだろう―― 「短調(マイナー)で日本的に湿ったロックンロール」。

具体的には(キーを Am に移調すると)、【Am】【Dm】【E7】【F】【G】などを多用した、かなりベタなコード進行が、ミディアム以上の軽快なビートの上に乗っている感じ。それが、時代と寝た「井上大輔メロディ」の本質だと思う。

ここで思い出すのが、井上大輔という人の出自である。ご存知、67年の日本レコード大賞に輝く大ヒット『ブルー・シャトウ』で知られる人気 GS(グループサウンズ)=ジャッキー吉川とブルー・コメッツのボーカル、サックス(フルート)、作曲担当だ。

童謡『月の砂漠』との近似性がよく指摘される物悲しい『ブルー・シャトウ』や、『ブルー・シャトウ』よりもさらにロック色が強いものの、こちらもやはり湿り気のある『青い瞳』(ブルー・コメッツの実質的デビュー曲)などは、ビートルズのロックンロールと、日本的な湿気を最適比率でミックスするという、井上大輔(忠夫)による画期的な発明品だったと思う。

しかし、その日本的湿気だけがクローズアップされ、ブルー・コメッツはその後、ロックンロールをどこかに置き忘れたような、湿度の高すぎる歌謡曲・演歌を歌う(歌わされる)ハメになる。

井上大輔へのインタビューによると、このときの屈辱感はかなり強かったようだ。そしてその屈辱感をバネにして、シャネルズ『街角トワイライト』を契機に編み出したのが、ロックンロールと日本的湿気の最適比率を再度取り戻した「井上大輔メロディ」だったと思うのだ。

機会があれば、先の81~84年の「井上大輔メロディ」に、ブルー・コメッツ『青い瞳』を加えたプレイリストを聴いていただきたい。私の言いたいことが分かっていただけると思うのだが。

井上大輔は00年に自ら命を断つ。一説には自身の思わしくない体調に加え、妻の看病疲れも原因だったとされる。そして井上を追うように翌年、その妻も自ら命を断つのだ。

享年58。その短い人生の中で指折りの華やかな時代として、ロックンロールと日本的な湿気が入り混じった「井上大輔メロディ」に世間が踊っていた80年代前半があると思う。GS 時代と同じく、いやある意味、GS 時代よりも、自身の才能の本質が手放しに称賛された時代。

中でも特に、井上大輔と同じく改名して、井上と同じく時代の波長をしっかりと掴んだラッツ&スターと売野雅勇が「井上大輔メロディ」を盛り立てた83年――。

最期の瞬間、井上大輔の頭の中には、この『め組のひと』のメロディが流れていたかもしれない。

2019.06.16
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