シティポップと言っても遜色ないアルバム「夢日記」
発売から40年を経過したアイドルのアルバムを、2023年のいまあらためて聴いて思うのは、とてもリッチに作られていること。ジャケットやカラーレコードといったビジュアル面はもちろん、アルバムの中身となる音楽をしっかりと聴いてみると、当時ありがたがって聴いていたフォーク・ロック的アプローチが目立ち、シティポップのアルバムと言っても遜色ない。今回取り上げる、堀ちえみの『夢日記』もそんな1枚だ。
『夢日記』には10曲が収録されており、編曲は全曲鈴木茂。ライター陣にはシンガーソングライターを中心とした名前が並ぶ。竹内まりや、杉真理、パンタ、森雪之丞、中里綴、松宮恭子、清水信之、青木茗(あおきめい)というメンバーだ。
最後に紹介した青木茗は、歌手として1978年にデビューし、「パステルラブ」等のヒットを出した金井夕子のペンネーム。
洋楽センスがふんだんに活かされた堀ちえみ初期作品
このアルバムを手がけたプロデューサーの渡辺有三は、それまでは当時でいうニューミュージック系が中心で、ティーンの女性アイドルを手掛けるのは初めてだったそう。ディレクターの國吉美織と堀ちえみの対談でも、「有三さんはコーラスがとにかくお好きでしたね。ビーチ・ボーイズが大好きで、レコーディングでもコーラスはいつも入れようって」と國吉が明かしている。『夢日記』でのコーラスはBuzzのみなさんに加えて川瀬康雄、そして渡辺有三自身も加わっている。
堀ちえみの初期作品は、渡辺有三の洋楽センスがふんだんに活かされている。鈴木茂をアレンジャーとして起用したのもそのひとつだろう。まだあどけない、素直なヴォーカルを存分に活かしたうえで、美しい生楽器の音を効果的に配し、音楽作品としての格を上げている。
竹内まりや初の女性アイドル提供曲「待ちぼうけ」
さきほどソングライター陣を紹介したが、その中で竹内まりやの作品について触れてみよう。
竹内まりやが生まれて初めて女性アイドルに書いた曲が、堀ちえみの「待ちぼうけ」だ。1982年に渡辺有三からの依頼を受けて書いた曲だという。竹内は2013年発売の提供曲コンピレーションアルバム『Mariya’s Songbook』のライナーノーツで、「今の時代にはありえないストーリーとオチのついたこの歌詞を、ちえみちゃんの屈託のない伸びやかな歌声で聴くと、古き良きあの時代を思い出します」と記している。
アルバム『夢日記』の先行シングルとして発売され、B-1に収録された「待ちぼうけ」。場面転換のところどころに入るフルートやピアノなどの生楽器、2コーラス目から入るコーラス、時計が進んでいることに気づく前のギターとその後のコーラスが、堀ちえみがヴォーカルとして主役を演じるドラマを盛り上げる。エンディングは村田和人の「Summer Vacation」を思わせる。堀ちえみが受け取ったデモテープでは、竹内まりやの仮歌に、コーラス部分は山下達郎の歌唱が入っていて、堀自身とても驚いたそうだ。
竹内まりやは、『夢日記』では、「待ちぼうけ」に加えて2曲、ソングライターとして参加している。
A-3「公園通りの日曜日」で作詞・作曲を担当。「潮風の少女」を思わせるギターが耳に残る。イントロとアウトロはクリストファー・クロスの「スピニング」にヒントがあるように聴こえた。”妹”からの脱却を夢見る少女の失恋とこれからの決意に向けての物語だ。
A-4「遥か1000マイルの彼方」では作詞を担当している。作曲は杉真理。つきあっている彼が突然外国に行く、という場面での少女の気持ちが歌われる。あどけない中に、凛としたところが堀ちえみらしい。
西海岸サウンド的な乾いた音像
竹内まりや、杉真理の作品に共通するのは、西海岸サウンド的な雰囲気の乾いた音像だ。同じ1982年にアルバムを出した村田和人の作品を彷彿とさせる。なお、当時の村田の作品にも鈴木茂が関与している。
西海岸サウンド的と感じたもうひとつのポイントは、ホール&オーツの「キッス・オン・マイ・リスト」や、ドゥービー・ブラザーズ「ホワット・ア・フール・ビリーブス」で見られる、リズムを刻むピアノだ。
これは、収録作品の中で、A-2「Fly」(中里綴 / 松宮恭子)、B-2「朝もやの空」(松宮恭子 / 松宮恭子)にみられる。「朝もやの空」はドゥワップ風のコーラスではじまり、アップテンポのリズムはどことなく「抱いた腰がチャッチャッチャッ」を想わせ、明るいサウンドに載る元気なヴォーカルに好感を持った。
アイドル歌手の作品だからこそ際立つ職人たちの仕事ぶり
アルバム全体が鈴木茂のアレンジということもあり、どの曲もギターの音色が個性的で、印象に残る音を聴かせている。代表的なのは、2枚目のシングルとして発売されて、『夢日記』A-5に収録の「真夏の少女」(中里綴 / 鈴木茂)。間奏での転調と、ストリングス。そして、ベンチャーズ風スライドギターをはじめ、いろんなギターの音色が聴けて楽しい。ちなみに、『夢日記』のエレキギターはすべて鈴木茂、アコースティックギターは笛吹利明の手によるもの。
その他、『夢日記』についてぜひ取り上げておきたいのは、クラシカルな生楽器の使い方、楽器の盛り方がほどよく上品だということ。アルバムのオープニングを飾るA-1「秋色ドリーム」(森雪之丞 / 森雪之丞)がその代表格といえよう。ハープの美しい響き、ストリングス、オカリナ等が特徴的。中間部ではポップスに変化し、鮮やかな変化を見せる。全体的には秋の落葉色を感じさせる、郷愁にあふれたナンバーだ。
デビュー1年目の時期は、堀ちえみの楽曲イメージに、「街中やリゾートでの、普通のお嬢さん」を見ることができる。どこか郷愁を感じる美しい生楽器中心のサウンドの上で、まだまだあどけない少女としての素直なヴォーカルが10のドラマの主役を張っている。
アイドル歌手の作品だからこそ、周囲の大人が頑張ってサウンドを目いっぱい作って盛り立てている、そんな職人たちの仕事ぶりをぜひ聴いて欲しい。
ーー堀ちえみ80年代にリリースされた全オリジナルアルバム、ストリーミング配信がスタート!アルバムアーティストとして、高いクオリティの作品を発表し続けた堀ちえみの軌跡をこの機会に存分に楽しんでみては。
特集:堀ちえみ 40周年アニバーサリー
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2023.02.09