10月25日
バンド・エイドよりはるかにカッコよかったチャリティ「サン・シティ」
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アパルトヘイトに反対するアーティストたちのシングル「サン・シティ」がリリースされた日
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photo:Zinn Education Project  

1984年のクリスマスシーズンに大ヒットを飛ばしたバンド・エイドの「ドゥ・ゼイ・ノウ・イッツ・クリスマス」は、人気アーティスト大集合チャリティ・シングルの先駆けとなったが、翌年暮れにも同形態のチャリティ・シングルが話題になる。というわけで、“アパルトヘイトに反対するアーティストたち(Artists United Against Apartheid)” の「サン・シティ」のお話。

念のために説明すると、これは南アフリカの人種隔離政策に反対するアーティストが結集し、その象徴である娯楽施設サン・シティでは “俺たちは絶対に演奏しない” という主張を打ち出した曲。マイルスのトランペットに導かれ、カーティス・ブロウをはじめとするラッパーたちが気炎を上げ、ピート・タウンゼントのギターが唸り、スプリングスティーン、ホール&オーツ、ジャクソン・ブラウン、ボノら当時チャートに影響力を持っていた人も、チャートを動かす力はなかったがカリスマには違いないディラン、ルー・リード、ジョーイ・ラモーンも怒る。バンド・エイド後に次々と出てきたチャリティ企画シングルの中では、文句なしにカッコよかった。

しばし指摘されたことだが、当時のチャリティ・シングルは “アフリカの飢えた子を助けましょう” に代表される “Let’s~” の姿勢が当たり前だった。しかし「サン・シティ」は、そんな押しつけがましさとは対極にある。主語はあくまで “俺”。“アバルトヘイトに反対しましょう” ではなく “俺は反対する” と歌われる。バンド・エイドに比べるとヒットチャート的には成功したとは言えなかったが、怒ってるんだけど何に怒ってるのかよくわからない当時10代のボンクラにはグッときた。

今「ドゥ・ゼイ~」が流れてくると、もうクリスマスか、と懐かしく思うが、「サン・シティ」はアパルトヘイトが撤廃された今聴いても血がたぎる。「師走で忙しいが “俺” はこの仕事を終わらせる」という気にさせる、ボンクラ中年にとってのガソリン、である。

2016.12.16
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  YouTube / RIPStuNov22
 

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カタリベ
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