3月13日

現代に続くエレクトロの礎、デペッシュ・モードはスタジアムロックの雄!

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デペッシュ・モードのライヴアルバム「101」がリリースされた日
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ライヴアルバム「101」6万6千人のオーディエンス!


「2枚組ライヴアルバムが作れるアーティストは実力派だ」、そんな記事を80年代に『MUSIC LIFE』誌で目にしたことがある。ところが、その2枚組ライヴアルバムを作ったデペッシュ・モードをはじめとするエレクトロニック・ミュージックのアーティストたちのライヴは、日本では真剣に受け止められていなかったように思う。「演奏してないじゃん」「半分以上はテープで再生してるんでしょ?」「所詮、打ち込みだしね」等々。ライヴは生演奏が基本で、アーティストたちのテクニックや情熱によってオーディエンスが熱狂する… というのが日本の洋楽ファンの基本概念であった。

そんな日本の評価をよそにデペッシュ・モードはデビューから着実にアルバムを発表し、1987年にはアルバム『ミュージック・フォー・ザ・マスィズ』をリリースし、全101回の大規模なワールドツアーを行う。その千秋楽101回目の公演を録音したライヴアルバムが『101~ライヴ・イン・パサディナ』(1989年リリース)である。カリフォルニア州パサディナにあるローズボウルに6万6千人のオーディエンスを集め、音源からは、その盛り上がり、熱気の凄まじさが伝わってくる。

デペッシュ・モードはスタジアムロックの雄となっていた!


このライヴアルバムを聴くまで、私の中のデペッシュ・モードはモノクロのアーティスト写真に代表される耽美的でクールなイメージであり、スタジアムライヴで数万人のオーディエンスが大合唱するなんてことは想像もできなかった。アメリカ、ヨーロッパだけでなく日本を除く世界中で、デペッシュ・モードはスタジアムロックの雄となっていたのだ。「ライヴは生演奏」なんて考えに拘っていたのは我々、日本の洋楽ファンだけだったようだ。

日本でも90年代半ばから野外フェスが定着していく。アンダーワールドが伝説的なライヴを行ったテクノ系のオールナイト野外フェス『RAINBOW 2000』が1996年、その翌年には第1回『フジロックフェスティバル』が開催された。また、アンダーワールドと人気を二分していたケミカル・ブラザーズは、ダイナミックなブレイクビーツを武器に、頻繁にフジロックのヘッドライナーを務めている。そして、活動を再開したニュー・オーダーもイギリスでは大規模なライヴやフェスのヘッドライナーを務め、80年代当時と変わらない演奏能力で万単位のオーディエンスを熱狂させている。

大規模なワールドツアー、ライヴアクトとしての人気・実力ともに不動!


このように、90年代においてエレクトロニック・ミュージックがレコードとライヴの両方で優勢を極めたその頃、デペッシュ・モードは1990年に『ヴァイオレーター』、1993年に『ソングス・オブ・フェイス・アンド・デヴォーション』で、評価とセールスの双方でキャリアハイとなる名作アルバムをリリース。そして大規模なワールドツアーを行い、ライヴアクトとしての人気・実力を不動のものとしていた。

しかし、主要メンバーのアルコールやドラッグへの依存症が問題化、遂にはヴォーカリストのデイヴ・ガーンが自殺未遂を起こしてしまう。こうしたトラブルに辟易したアレンジのキーメンバー、アラン・ワイルダーが脱退するなど、バンドは数々のトラブルに見舞われる。バンドとは、なかなか上手くいかないものである…。

元祖EDM? 現代のミュージックシーンに与えた影響力


それでもその後1997年にはバンドを立て直し、キッチリ4年おきにアルバムをリリース。全盛期ほどの勢いはないものの元気な様子をファンに伝えてくれることは何より嬉しい話だ。ただ、1990年を最後に来日公演が実現しない。それは依然として日本と海外での人気格差が大きいことが要因なのだろうか。デペッシュ・モードと日本、なかなか上手くいかないものである…。

そして現代、ヒットチャートには様々な音楽が溢れている。シンセサイザーなどを多用し、分かりやすいアレンジとメロディで盛り上げるエレクトロニック・ダンス・ミュージック(EDM)は、ライヴシーンやフェスでの DJプレイで数万人規模のオーディエンスを熱狂させている。ビートの先鋭性よりも、メロディやリフの高揚感に重点が置かれ、エモくて上がる曲展開というのが最大の魅力だ。

デペッシュ・モードの楽曲も1986年の『ブラック・セレブレーション』あたりからシンセサイザーを丁寧に重ね、ドラマチックな曲展開で徐々に盛り上がる高揚感の高い楽曲が増えてくる。デペッシュ・モードが作り出したエレクトロニック・ミュージックは、ノリの良いビートが多いわけではないのだが、ライヴにおいてはスタジアムを熱狂させる高揚感をもたらすのは紛れもない事実だ。現代のエレクトロニック・ミュージックの現場は、ライヴから DJプレイへと移行している。その現場の熱狂を支える高揚感のメカニズムは、デペッシュ・モード『101~ライヴ・イン・パサディナ』の影響が30年間脈々と続いているところにあることが伺える。


追記
私、岡田浩史は、クラブイベント「Fun Friday」(吉祥寺 伊千兵衛ダイニング)で DJ としても活動しています。インフォメーションは私のプロフィールページで紹介しますので、併せてご覧いただき、ぜひご参加ください。


2020.03.13
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カタリベ
1972年生まれ
岡田浩史
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