80’s Idols Remind Me Of… vol.6
NO.1 / 柏原よしえ
豪華絢爛、女性ソロ・アイドル隆盛時代の80年代、そのキックオフを飾っていたのは、とにもかくにも1980年デビュー組… 松田聖子、河合奈保子、そして柏原よしえ(後に芳恵)だった。この3人が存在したからこそ、前代未聞、空前のアイドルブームが80年代に起こった、と言っても過言ではない。
ところでこの3人のデビュー(ファーストシングル・リリース時)の年齢をご存じだろうか。それぞれ80年4月以降のデビューである。
松田聖子 / 18歳、高校卒業直後
河合奈保子 / 16歳、高校2年
柏原よしえ / 14歳、中学3年
なんと! 柏原よしえは中学生!
80年代前半におけるこの3人のおおまかなイメージって、「松田聖子=ひたすら可愛らしい10代」、「河合奈保子=ひたすら弾ける健康的な高校生」、「柏原よしえ=少し翳のあるちょっとオトナな女」… みたいな感じだったのではなかろうか。
年齢的には、いわゆるパブリックイメージとは全然逆だったことに驚きを禁じえない。おそらく柏原よしえのこのイメージは、後のヒットソング「ハロー・グッバイ」(81年)、「あの場所から」(82年)、「春なのに」「ちょっとなら媚薬」(83年)あたりの印象なのだろう。
そして、松田・河合の童顔に比べ顔の造作がどちらかというと高め美人系の部類に入り、また線の細い松田、巨乳ながら幼児体形な河合に比して、結構エロさを想起させるグラマラスな体つきだったこと等から来ていると思われる。デビュー直後の脚の露出度が、柏原が最も高かった、というのもあったりするのかな。
松田聖子と河合奈保子が強力なライバルになると踏んだ上で、彼女たちとは明らかに一線を画す路線を歩ませようという送り手側の意図も最初からあったようだ。デビューシングル「No.1」(80年6月1日リリース)の歌いだし『男の瞳は指先のように ドレスを一枚ぬがしてしまう』なんて歌詞を、ちょっとハスキーな拙い歌唱で中学生に歌わせているのだから… 一部の男は悶絶死確実でしょう。
16歳のブリトニー・スピアーズに「ベイビー・ワン・モア・タイム」(98年)、15歳の後藤真希に「溢れちゃう…BE IN LOVE」(01年)を歌わせたのに匹敵すると言ったら、言い過ぎだろうか。「No.1」はオリコンのシングルランキング最高位76位、松田聖子「裸足の季節」(12位)、河合奈保子「大きな森の小さなお家」(36位)に完敗した。
柏原よしえの一般的なブレイクは、7枚目のシングル「ハロー・グッバイ」(81年)まで待つことになる。
2018.10.01
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