リ・リ・リリッスン・エイティーズ ~ 80年代を聴き返す ~ Vol.12
Elvis Costello / Get Happy!!ロックの殿堂にも入っているエルヴィス・コステロ
英国の男性ソロアーティストの中で、エルヴィス・コステロはまぎれもないビッグネームですね。あの「ロックの殿堂(Rock and Roll Hall of Fame)」にも入っているし、いろんなランキングで名高いローリングストーン誌の「史上最も偉大な100組のアーティスト(the 100 Greatest Artists of All Time)」(2004年)のひとりとして選ばれてもいます。活動は実に活発で、1977年のデビュー以来、オリジナルのスタジオ録音アルバムだけでも31作、2020年の最新作『Hey Clockface』に至るまで、コンスタントにリリースを続けています。
だけど音楽的には、どうも初期のインパクトが強すぎて、私の中では今もそのイメージのままです。好きな曲は、バラードならば「Alison」、アップテンポなら「Pump It Up」。これはもう“超”がつくほど好きなレベルですが、前者はデビューアルバム『My Aim Is True』、後者は2nd アルバム『This Year's Model』の曲なので、初期も初期。そして、アルバムとしては3rdの『Armed Forces』、なぜか象のイラストのジャケットのアレがとても好きです。13曲も入っているのに、捨て曲はゼロ、どの曲もメロディ、サウンドともにフックがある。もちろん歌唱は天下一品。頭から最後まで、ワクワクしながら聴けてしまいます。
ところが、その次のアルバム、すなわち今回のターゲット作品『Get Happy!!』は、ピックアップしておいて何ですが、なんだかイマイチなのですよ。歌唱は相変わらず素晴しいですが、メロディやアレンジの詰めが甘く、20曲も入っているのに、これといった曲がありません。
その後も、『Trust』(1981年)とか『Punch the Clock』(1983年)とか、たまに買ってたのですが、だんだん新鮮味が薄れ、12th アルバム『Spike』(1989年)以降は、すっかり遠ざかってしまいました。
類まれなる声質と抜群の歌唱力なのに、売上が実力に伴わない理由とは?
話題もほとんど聞こえてこなかったですね。映画「ノッティングヒルの恋人」(1999年)の主題歌になった「She」くらいですか。
調べてみたら意外にも、英国チャートでも、シングル、アルバムともに、1位獲得作品はありません。シングルでは「Oliver's Army」(1979年)の2位、アルバムでも2位が最高(でも3作あって、『Armed Forces』『Get Happy!!』『Brutal Youth』)で、米国ビルボードでは「Veronica」(『Spike』収録)のシングル19位、『Armed Forces』のアルバム10位が最高です。
これだけのビッグネーム、作品数、何よりあの類まれなる声質と抜群の歌唱力の持ち主にして、このヒットの少なさは珍しい、と言うか不思議な気さえします。
その“謎”を解きたくて、最近、コステロのすべてのアルバムを聴き返してみました。たいへんだった。
で、まず感じたのが「変わらないなー」ということ。これには感心する気持ちもあるし、呆れてもいます。たぶん本人はいろいろ変えてみようとはしていて、カントリーとかクラシックに挑戦したり、ジャズオーケストラとコラボしたり、デュエットしたり、いろいろやってはいるんですが、まとめてひたすら聴いていると、高い空から見る森が緑色であるように、すべてが“コステロ色”の下に隠れてしまう。コステロ色とはあの声の強力なキャラクターです。
それを強く感じたのが、バート・バカラック(Burt Bacharach)と組んだ『Painted from Memory』(1998年)というアルバム。バカラックという稀代の名作曲家のメロディをもってしても、コステロが歌うと、いつものコステロとそんなに違わない。いや、もちろんよいことはよいのですが、どうも、コステロの声がメロディに勝ってしまって、歌しか印象に残らないのです。バカラックのメロディにも、もう以前のような力はなかったとも思いますが。
とにかく歌いたい! とにかく作りたい!
そのように、言っちゃ悪いが何作ってもいっしょなのに、よくこれほどたくさんのアルバムを作ってきたものだと、これまた感心してしまいます。2010年まではほぼ毎年アルバムをリリースしていますし、しかも1作当たりの収録曲数が多い。この『Get Happy!!』なんて片面10曲ずつ合計20曲!曲は短めとは言えど、最短でも1分49秒、3分以上の曲も3曲あってこれですから、通常の倍、詰め込んでる感じですね。こんなに入れなくてもいいのに。
ふつうはアルバムごとに、前作はああだったから次はこうしよう、とかいろいろ考えて、それにそって一曲一曲練り上げて、レコード会社からはもっと売れそうな曲をとか突つかれつつつ、なんとか10曲くらい集めて、レコーディングでまた試行錯誤……などと苦労しながら作るものです。
でもコステロは絶対そんなことしてないでしょう。ちょっといいメロディを思いついたら、ささっとヘッドアレンジでレコーディングして、思い切り歌って、一丁あがり。もっと面白くしようとか、ヒットポテンシャルを高めようとか考えもしない。完成度への執着より歌いたいエネルギーがはるかに勝る、そんな感じでガンガン作っていったんじゃないでしょうか。
2nd アルバム以降80年代半ばまで、常にレコーディングをともにした“ジ・アトラクションズ(The Attractions)”が、あくまで「バンド」ではなく「バックバンド」だったのも、そのほうが面倒じゃなかった(自分のペースで進められる)からかも、と勝手に推測しています。
デビューから『Trust』まで、ニック・ロウ(Nick Lowe)がプロデューサーでいましたが、彼も細かいことは言わないタイプだったようです。アルバム『Imperial Bedroom』(1982年)でロウを外した際、コステロが「スタジオでちょっと試したいことがあって、ニックはそういうの面倒がるから」なんて発言をしているくらいですから。
「ゲット・ハッピー!!」が好成績だった理由
で、たまたま、前作『Armed Forces』ではいい曲がたくさんできて、本作『Get Happy!!』ではできなかった、ということじゃないでしょうか。もしかしたら前作で、曲のアイデアは使い果たしてしまったのかもしれません。
前述のように全英2位で自己最高位に並び、全米も11位と好成績を上げてはいますが、それは『Armed Forces』がよかったし、売れたから、その余韻じゃないかな。
世間の評価では「それまでの3作とは違い、R&Bの要素を大きく取り入れた」とされています。実は、リリース前年4月の米国ツアー時に、コステロが酒の席で酔っ払って、黒人ソウルシンガーたちへの差別発言をし、それが新聞ネタになって謝罪会見したという事件がありました。このアルバムは「ホントは彼らの音楽をリスペクトしてますよ」という彼の気持ちの表明だというわけです。
でも、さっきから言ってるように、私には違いはたいして感じられません。それまでよりオルガンがフィーチュアされていて、“ブッカー・T&ザ・MG's (Booker T. & the M.G.'s)”あたりを意識しているようなのと、“サム&デイヴ(Sam & Dave)”の「I Can't Stand Up for Falling Down」という曲をカバーして、シングルカットし、全英4位になったから、そういう印象だったんじゃないでしょうか。そもそも最初から、コステロの音楽にはR&Bテイストはたっぷり含まれていたと思います。
なんだかけなしてばかりですみません。全体的には凡作だと思いますが、「Clowntime Is Over」のメロディと「Five Gears in Reverse」のサウンドは好きです。そしてともかくコステロの、「歌うことが大好き!」という気持ちは、呆れるほどに伝わってきます。
2020.12.03