EPICソニー名曲列伝 vol.8
THE MODS『激しい雨が』
作詞:森山達也
作曲:THE MODS
編曲:THE MODS
発売:1983年9月21日
福岡からやって来たザ・モッズ、EPICソニーからメジャーデビュー
――「EPICを選んだのは要するにクラッシュとレーベルメイトになりたかったんよ(笑)。CBS(ソニー)からも話が来たけど、松田聖子とか郷ひろみのイメージしかないわけで、一方EPICは博多までスカウトに来た人が “LONDON CALLING” って書いたブルゾン着て来るわけよ。うわー、こんなんよく持っとるね、俺も欲しい! って思ったけど… 後で考えたらただの販促グッズなんよね(笑)」
『THE MODS Beyond the 35th Year』(シンコーミュージック・エンタテイメント)という本にあった、ザ・モッズのボーカリスト=森山達也の発言。この言葉の中には、当時のEPICソニーの発していた匂いが詰め込まれている。
CBSソニーよりも若くて、小さくて、パンクなレコード会社。でも、それでいてちゃんと商売にも目を向けていて、販促グッズにも気が利いている――。
そんな EPICソニーが、福岡の「めんたいロック」の代表格だったバンドに手を出すとどうなるのか。その答えが、マクセルのカセットテープ『UD Ⅰ』(ユーディー・ワン)のCMタイアップである。
画面の中には大樹の枝に座ったザ・モッズのメンバー4人。次に森山達也のアップ、「THE MODS」と書かれたバスドラムのアップ、白バックで演奏する4人の姿へと続く。キャッチコピーは「音が言葉より痛かった。」。
カセットテープの拡販にも効果はあっただろうが、それ以上に、福岡からやって来たパンクバンド=ザ・モッズのお披露目として理想的なCMだったと思う。
ラ、シ、ドたった3音のサビ「激しい雨が」マクセルCMで鮮烈なお披露目
前回
『EPICソニー名曲列伝:ラッツ&スター「め組のひと」と井上大輔の湿ったロックンロール』で私は、70年代の資生堂のタイアップCMが放っていた「ハイカルチャー感」が80年代に入って減衰していったと書いた。
資生堂に代わって、いくつかの企業によるタイアップCMが、その「ハイカルチャー感」を引き継ぐのだが、その代表選手がマクセルだったと思う。
山下達郎『RIDE ON TIME』(1980年)に始まり、ザ・モッズ、村田和人、久保田利伸、渡辺美里などの邦楽勢に加えて、ワム!、スタイル・カウンシル、トンプソン・ツインズ、ナイル・ロジャースと来るのだから、豪勢この上ない「ハイカルチャー感」 = 「ハイ・ロックンロール感」である。
さらに、そのCMの中で流れた、この『激しい雨が』のメロディが実にキャッチーだったことも、ザ・モッズの鮮烈なお披露目に機能したと思う。この曲のサビの音列。
激しい雨が(ドド・ドド・ドド・シッ)
俺を洗う(ララ・ララ・ラッシッ)
激しい風が(ドド・ドド・ドド・シッ)
俺を運ぶ(ララ・ララ・ラッシッ)
激しいビートが(ドド・ドド・ドー・シシ)
俺に叫ぶ(ララ・ララ・ラッシッ)
(キーはC#m)何とラ、シ、ドのたった3音で構成され、ラからドという短三度の狭い音域の中にすっぽり入っているのだ。
このサビのキャッチーさは異常だと思う。音を少なく・狭くすれば即キャッチーになるというわけではないだろうが、少なくともシンプルな方が記憶に残りやすいのも確かだろう。例えば、たった2音で作られたこのサビ。
Ez Do Dance(ドッド・ッレ・レ)
Ez Do Dance(レッレ・ッド・ド)
踊る君を見てる(ドッド・ッレ・レド・レレ・ード・ドー)
(trf『EZ DO DANCE』(1993年)キーはA)さらにシンプルに、たった1音で押してくるメロディとしては、浅香唯『恋のロックンロール・サーカス』(1989年)がある。この「ミ」(キーはE)の音だけで続くサビも、やはり一度聴いたら忘れられない。
C・I・R・C・U・S
C・I・R・C・U・S
C・I・R・C・U・S
U・U・U・I・LOVE・U
ロックンロールと商業ポップスの間に生まれた新マーケット、EPIC
話を戻すと、このような理想的にして鮮烈なタイアップCMで、ザ・モッズは世に出て、数多くの音楽家からリスペクトされる独自のポジションを築きながら、デビューから40年経った現在まで、活動を続けているのである。
ここで冒頭に登場した、“LONDON CALLING” と書かれたブルゾンを着たEPICソニーの社員のことをもう一度考えたい。伝説のパンクバンド=クラッシュを愛するというラディカリズムと、クラッシュのブルゾンが販促グッズだったというコマーシャリズム。
そして、ザ・モッズのブレイクのキッカケとなったマクセルのCMのことも考える。4人が激しいサウンドを演奏する映像のラディカリズム、しかしその映像がカセットテープの宣伝となっているというコマーシャリズム、さらには、曲のサビが強烈にキャッチーだという強烈なコマーシャリズム――。
つまり、80年代に栄華を極めたEPICソニーの強みというのは、ラディカリズムとコマーシャリズムの見事なバランスだったのではないか。ラディカリズムの比率が高まるとインディーズになってしまう。しかし、コマーシャリズムが出過ぎると、コロムビアやビクターのような老舗レコード会社のようになってしまう。
70年代に、そのバランスの取り方で一世を風靡したはずのCBSソニーも、博多のロック少年=森山達也にとって見れば「松田聖子とか郷ひろみのイメージしかない」と見えてしまっていた(余談だが、松田聖子も郷ひろみも福岡出身なのが面白い)。そんな状況に現れた新勢力こそが、EPICソニーだったのだ。
1983年秋の音楽シーン。ロックンロールと商業ポップスの間に、新しいマーケットが生まれ始めている。ラディカリズムとコマーシャリズムが最適比率でブレンドされたそのマーケットには「EPIC」の文字が刻印されている。
※2019年6月29日に掲載された記事をアップデート
2021.03.30