10月5日
そこが英米との違い。プロデューサーが育たなかった日本の音楽業界事情
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photo:SonyMusic  

1985年から88年あたりまで、スケジュール帳がないのです。仕事をする上でスケジュール管理をしないわけにはいきませんから、もちろんスケジュールは記録していたのですが、その期間は「紙」を使わず、パソコンでやっていました。

私はパソコンが大好きで、世の中にワープロが登場すると、僅か8文字分(!)のディスプレイしかないのに22万円もした富士通の「OASYS Lite」を買い、使い倒しましたし、初パソコンは PC-8001、これはゲームくらいにしか使えませんでしたが、PC-9801 になって、ようやくまともに事務に使えるようになると、なんだったかスケジュール管理ソフトがあって、それでやり始めたんですね。データは残していたと思うんですが、ソフトがね、互換性ないんですよね。素のテキストで残しておけばよかったんですが、ダメですね、中途半端なデジタルは。で、「やっぱり紙がいい!」と悟ったのが89年で、そこからは手帳が残っているのですが…。

何が言いたいかといいますと、今書いているあたりは、自分には記録が残ってないので、事件や行動の日付どころか季節も、あいまいな記憶の薄いスープに溶けてしまっているので、すみませんねということなのです。そう言えば既に前回、人から聞いて2月を3月に訂正していましたね… ははは。

前置きが長くなりましたが、“くじら” というバンドのお話。悩んだ末に作った1stアルバムが成功とは言えなかった顛末の続きです。

参考:『ライブと真逆の発想で… くじらのデビューアルバム「パノラマ」』

余計な先入観を持ってほしくないという理由でセルフプロデュースとした1stですが、次はやはりプロデューサーを立てようということになりました。

実はその頃の日本の音楽業界ではフリーランスのプロデューサーを起用することは一般的ではありませんでした。今は増えていると思いますが。

洋楽では逆に昔から、プロデューサーを立てることが普通でした。個性豊かな優秀なプロデューサーが何人もいて、アルバム単位でプロデュースを依頼する。どういう音楽にするかの決定権ははっきりプロデューサーにあります。レコード会社の A&R は、プロデューサーの選択には関わりますが、音楽そのものにはほぼ口を出しません。

日本ではレコード会社や原盤制作会社の制作ディレクターと、アーティスト自身と、アレンジャーとが “合議制” というか、相談しながら進めていくことが多かった。

この違いは何が原因かというと、日本のレコード会社がプロデューサーにお金や印税を払いたくなかったからです。ただ、会社がなるべくコストを抑えたいのは海外でも同じでしょう。ポイントはそれが必要なコストかどうかということ。

お客さんがどういう基準で音楽にお金を使うか。(“海外” はあまりにもザックリなのでとりあえず)英米ではやはり音楽の中味が第一。必ずしもクオリティ重視とは言えませんが、その時々の感覚にしっくりハマる音を求めています。それに応えるには優秀なプロデューサーが不可欠なので、コストをかけてでもいいプロデューサーを雇います。だけど日本では、音楽それ自体の質よりも、アイドル性、企画性などそれ以外の要因に動かされる人が多い。だからレコード会社はプロデューサーよりもたとえばタイアップの獲得に注力するのです。

作品が売れたら印税も入るし、仕事も増えるが、売れなければその逆という世界では、プロデューサーは必死です。だから優秀な人が出てくるし、それぞれのスキルも上がる。“売れる音楽” という領域の中での闘いですが、少なくとも音楽以外のことばかりに労力を費やされるよりは、よほど健全なのではないかと思います。

少々乱暴な意見かもしれませんが、こういう事情で、日本ではプロデューサーが育たなかった、と私は考えています。

さてともかく、会社には1%の印税を認めてもらうのがせいぜいでしたが、くじらの2nd アルバムにはサックス奏者の清水靖晃さんをプロデューサーとして迎えました。その時点では何の面識もなかったのですが、彼を中心とした “MARIAH” というグループの『うたかたの日々』というアルバムがとても好きだったのです。過激さとポップさのバランスが適度で。私はいつもその2要素のブレンドを好みます。分量の加減は様々ですが、どちらかだけではつまらない。

あらら、寄り道が多すぎて本題に入れませんでした。その当時、靖晃さんはパリに、リサというイタリア人の奥さんと住んでいて、それならば、レコーディングはパリで行い、パリだけではつまらないから(?)、ミックスはベルリンに行こう、なんていう壮大な話が出てきたのでした。本題は次回に。

2018.08.07
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カタリベ
1954年生まれ
福岡智彦
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