「天才は1%の才能と99%の努力によって作られる」とか「天才とは無限の努力ができる人」なんて言いますが、ウソですよね(^^)。
たとえば将棋の藤井聡太くん。中学生が羽生さんすら倒したんですよ。そりゃ努力もしているでしょうけど、どう考えても天からもらってますよね。天賦の才能ってヤツを。
ミュージシャンってのもある種、無から有を生み出すのが生業ですから、天才人口密度が他の世界より若干高いかもしれません。とは言えモンゴル以上、オーストラリア未満ってとこかな?(^^)
“チャクラ” を立ち上げ、”Killing Time” を率いた板倉文という男が、私が思うに、その一人でした。
世間的な成功には縁がなかったから、知名度は “知る人ぞ知る” レベルでしょうが、彼が創るメロディやサウンドにはいつも、天からもらってきたとしか思えないようなキラメキを感じました。それは、大仰かもしれませんが、人類にとっての財産だと思うのです。レコード会社にいる自分はこういうものを歴史に残すことが使命だ! なんて思っていました。
“歴史に残す” とはレコードやCDにして発売することです。一度世の中に出た音源は、たとえその時わずかしか売れなくても、必ず残ります。消えない。そして時間や空間を超えて、いつかどこかで誰かがそれを気に入ってくれる可能性があるのです。
さて、お話の続き。
Killing Time のレコード化について、“サブカル系コンピレーションアルバム” という方向に舵をとった私は、板倉文を含めて全部で5人の若手音楽クリエイターを集め、それぞれ2曲、計10曲を新たに制作することにしました。
バナナ(川島裕二)は井上陽水さんにその才能を認められたキーボード奏者。文ちゃんの友人でもあり、“PINK” のメンバーとも親しく、私も既に太田裕美のレコーディングなどで仕事をしていました。
『AROUND+AROUND』(1985年, Portrait)というアルバムの音が気になっていた“Date of Birth”。連絡してみたら九州在住でした。福岡県朝倉市に当時としては珍しい自宅スタジオを持ち、重藤兄弟の長男・功氏がプロデュースおよびエンジニアも努めるという “10cc” みたいな形態で音を創っていました。実はお話しした時には既にキティレコードとの契約が進んでいたのですが、まずこちらに参加することを快諾してもらいました。
NON-STANDARD レーベルからデビューしたものの2年足らずでレーベル自体が尻すぼみになってしまった “PIZZICATO V(当時の表記)” の小西康陽さんが、この企画のことを聞きつけて、“Young Odeon” というユニットで参加表明。
あと一人誰がいいかな? と考えていたら、EPIC の則末さんという女性宣伝スタッフが “Screen” というバンドを推薦してくれました。リーダーの和久井光司くんは物書きでもあり、ポップミュージックにとても詳しい、鈴木慶一さんタイプのクリエイターでした。
こうして板倉文(Killing Time)、バナナ(UPLM)、重藤功(Date of Birth)、小西康陽(Young Odeon)、和久井光司(Screen)というなかなか面白いラインナップが揃い、さらに “Melon” の中西俊夫、梅津和時、PINK の福岡ユタカ、フランク・ザッパのところにいたトロンボーンのブルース・ファウラー(Bruce Fowler)などのゲストも加わり、それなりに充実したアルバムができあがりました。『別天地』というタイトルをつけたのは私です。
売上的にはやはり(と言いたくはないですが)芳しくはなかったのですが、うれしかったのはこちらからプロモーションする前に、音楽誌『ロッキング・オン』が渋谷陽一さん自ら取材に来てくれたこと。広告も出さなかったのに(^^)。90年代の紙媒体宣伝担当が聞いたらビックリする話でしょうね。
ともかく、これが布石となって、「ああ福岡は Killing Time を EPIC からリリースしていくんだね」という空気を社内に漂わせることには成功したのです。
ずるい? うまい?
2018.06.20
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