“ジャケ買い” で出会った遊佐未森の不思議な世界
音楽のサブスクリプションサービスって本当にすごい。検索すれば聴きたいと思ったものがほぼほぼ出てくる。なんなら “これはどう?” と、似たジャンルの楽曲までオススメしてくれる。
ありがたい。しかしサブスクに頼るようになったことで、私の中で確実に減ったものもある。それは “ジャケ買い” だ。
思い出せばひと昔前は、あちこちにあったレコード&CDショップ店、もしくはレンタルCD店が、最高の出会いの場だった。前情報のない知らないアーティストも、ジャケットがイカシているというだけで購入することも頻繁にあったのだ。CDをひっくり返し、表と裏の画像両方を見て、曲のタイトルと順番を見て、いいなあと思えば勝手に “ああ、きっと、私にもう1つ世界をくれるアルバムだ。そうに違いない!” と運命を感じた。その中の忘れられない1枚が、遊佐未森さんの『ハルモニオデオン』(1989年)である。
「妖精のヨーデル」に浸った空耳3部作
ジャケットがとても綺麗で、ショップでもすぐ目に留まった。夕陽に支配されているような、不思議なダークオレンジに染まった背景。真ん中には、妖精のような不思議な衣装をまとった子が、木にくっついたオルガンみたいな、不思議な楽器を弾いている。アーティストの名前も “遊佐未森” と素敵。
とはいえ、ジャケ買いはギャンブル。これまでもジャケットで期待して、いざ聴いたらガックリ、なんてことも何度も何度もあった。これは名盤か、まあまあか、ドハズレか―― 。結果は前者、超名盤であった。ジャケットの美しさを超えてきた!
1曲目の「暮れてゆく空は」が鳴った時の感動は忘れない。ひんやり澄み切った彼女の声が、高音と低音を上下しながらクルクルと気流を作り、高く舞い上がっていくのだ。“妖精のヨーデルだ!” と思った。美しくて明るくて、異世界に入り込んだようだった。続けて鳴る「M氏の幸福」や「街角」など、彼女の声に誘われ、物語の家や森、街が、私の頭の中で、いくつもいくつも展開していったのである。
CDにはブックレットがついており、サウンドプロデューサーの外間隆史さんによる童話が載っていた。そして『ハルモニオデオン』という不思議な響きのタイトルの正体は、空想の楽器の名と判明した。ジャケット画像の楽器はこれか!
こうして、何の前知識もない状態で “ジャケット、きれいだなあ” と手に取ったCDショップでの出会いから、私はいきなり遊佐未森さんや外間隆史さんから、異世界のカギを渡された気分になったのだった。“あなたを待っていましたよ、あなたに秘密の音楽を教えましょう” と手を握られたように。あの嬉しさと興奮、そして見つけるべくして見つけたという誇らしさ。ああ、改めて思い出してしまった。
遊佐未森の声から見える “マジックアワー”
彼女の声の魅力は、澄み切った高さはもちろんだけど、何より、言葉の口角が上がって届いてくるのだ。“にっこり声” とでもいおうか。その声で聴こえてくる「僕の森」のような心のホームを思わせる歌は、やさしくてどこか切ない。
1日の終わり、帰り道ホッとするのと同時に感じる寂しさ。あれと同じ感覚がフワリと広がるのだ。初めて『ハルモニオデオン』を聴いた時も、その声とメロディーが静かに消えるのが、もったいなくて寂しかった。その聴き心地は、まるで、夕暮れ時でも一瞬だけ見ることができる、マジックアワーのようである。
今年還暦を迎えた遊佐未森さん。最近の様子をYouTubeチャンネルで観ることができるが、美しい歌声がそのままで驚いてしまう。ううむ、やっぱり妖精なのかもしれない。彼女のアルバムはほぼサブスクリプションで聴けるのでありがたいが、今度、CDショップに行ってみようかな、と思っている。
検索はとてもとっても便利だけれど、ジャケットの裏表、楽曲の順番、フォントなど、パッケージも含めた “一目惚れ" という出会いを忘れないでおこう。『ハルモニオデオン』を見つけたときの、新たな世界の地図を手に入れたような、あの感覚を。
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2024.05.18