9月18日
なんとノーベル文学賞!現在につながるディランのリスタートポイントは?
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ボブ・ディランのアルバム「オー・マーシー」が全米でリリースされた日
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photo:Discogs  

なんとビックリ、ボブ・ディランがノーベル文学賞を受賞しました。これがどれくらい凄いことなのか僕には想像もつきませんが、ミュージシャンとしては初の受賞ですから面白い限りです。でも、ここ日本においてディランってどれくらい知られているんでしょう? ネットニュースやSNSを見ると「ボブ・デュラン」みたいな表記もあったりして、なんだかなあ… と思ったりもしますけど、まあそんなもんでしょうかね。

大体においてディランの社会的影響度が最も高かったのは1960年代。今の二十歳の子にしてみれば凡そ半世紀も前の出来事ですからね。だって、僕が二十歳の時の50年前って言ったらあなた、1936年、昭和11年ですよ、がっつり戦前。第二次世界大戦も太平洋戦争もまだ始まってないタイミング。普通知らんでしょう、そんな昔の文化とか。

それはさておき、60年代から現在に至るまで、第一線に居続けるのって並大抵のことじゃありません。ましてや、移り気の激しいエンタテインメントの世界ですからなおさらです。ただ、そんなディランにだって好不調の波はあります。80年代を振り返ってごらんなさい。今だからこそ微笑ましくも思えますが、リアルタイムで接していた音楽ファンからすると、エイティーズのディラン、ハッキリ言って(全時代の作品を相対的に見た場合)“イマイチ” のオンパレードです。

ユダヤ教からキリスト教に改宗して洗礼を受けてみたり、ヒップホップやダンスミュージックに寄り添ってみたり、ライブエイドの大トリで醜態をかましてみたり、話題性や存在感はあれど面白いくらい影響力は無かった。まあ、60〜70年代にあれだけの傑作を出し続け(本人図らずも)時代を動かしていた人ですからね、当時10代のリスナーからすれば大御所の旧作に追いつくのが精一杯で、リアルタイムの作品に付き合ってる暇はあまり無かったのです。

レコ評とかも微妙で、良くはないけど悪くもない的な、本当のディランはこうじゃない的な、なんとも煮え切らない文章を数多く目にしました。そんな持て余し感が半端なかった時期ですね、80年代のディランは。いや、悪くないんですよ、今聴くとホントそう思います。でも過去の作品のプレゼンスが強すぎて、どう扱っていいか分からなかったのでしょうね。

ディランにしてみれば、時代に寄り添ったりちょっと迷ったりしたら無責任に囃し立てられて、たまったもんじゃなかったでしょう。自分自身を極限まで追い込んで、あがき、もがき、苦しんだ時代だったのかもしれません。後年わかることですが、グレイトフル・デッドに加入しようと真剣に打診してたらしいですからね。相当です。

さて、そんな80年代も後半に差し掛かり、混迷を極めるディランに手を差し伸べる人物が現れます。一人はトラヴェリング・ウィルベリーズにディランの参加を促した旧友ジョージ・ハリスン。個性あふれるミュージシャンが集結したこのセッションに参加することで、ディランは自分自身の個性を改めて再発見したんじゃないでしょうか。ディラン自身のホームスタジオを貸し出す流れで参加が決まったとも言われますが、そこは竹馬の友。試行錯誤を続けるディランを見かねたジョージが、半ば強引に引っ張り出したんじゃないかって僕は思うのです。

そして、もう一人がU2のボノを介して出会うことになったダニエル・ラノワ。当時、ピーター・ガブリエルやU2を手がけていたエンジニア出身のプロデューサーです。ディランはボノからのアドバイスもあり、長年続けていたセルフプロデュースをやめ、その全てをラノワ監督に託す選択をします。そして、喧々諤々ぶつかり合いながらも完成させたアルバムが、89年リリースの『オー・マーシー』。ディラン本人はあまり気に入ってなかったとも伝え聞きますが、土臭いながらも洗練されたテイストで、その完成度は全キャリアの中でも群を抜いています。

結局のところそういうことなんだろうなあ、と思ったりします。あまり気乗りしなかったけど古くからの友人に説得されて参加したバンドだったり、第三者の客観的な視点を取り入れて緻密に制作されたアルバムだったり。自分一人でやれるだけやってボコボコにされた挙句、それでも周りから声をかけてもらえたり、真摯に耳を傾けることがいかに重要かって示唆が含まれていますよね。サヴァイヴするために何が必要か、今もって考えさせられます。

いずれにせよ、ディランにとって、こういった80年代後半の出来事は現在につながる第二のスタートポイントであったことは間違いありません。そして何より凄いのは、この時期から始めた <ネヴァー・エンディング・ツアー> と呼ばれる年間100本以上のライヴを現在に至るまで毎年続けていて、今なお(75歳!)ヤンチャに活動しているただのロックンローラーだって事実です。


※カタリベ注:
トラヴェリング・ウィルベリーズ
ジョージ・ハリスン、ジェフ・リン(ELO)、ロイ・オービソン、トム・ペティ、そしてボブ・ディランの5人が、覆面バンドというコンセプトで結成したスーパーセッションバンド。アルバムリリースから僅か2ヶ月後、ロイ・オービソンが心筋梗塞のため急逝してしまう。

2016.10.23
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  YouTube / TravelingWilburys


  YouTube / BobDylanVEVO 
 

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カタリベ
1966年生まれ
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