3月21日

EPOの歌唱にすっかり魅了!音楽プロデューサー宮田茂樹が手掛けた「DOWN TOWN」

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リ・リ・リリッスン・エイティーズ〜80年代を聴き返す〜 Vol.33
EPO / DOWN TOWN


竹内まりや、大貫妙子、EPOらを育てた名プロデューサー宮田茂樹


今年(2022年)7月29日、宮田茂樹さんが永眠されました。RVC(現在ソニー・ミュージックレーベルズ内Ariola Japan)~ミディで、竹内まりや、大貫妙子、EPOらを育て上げた名プロデューサーです。このシリーズ「リ・リ・リリッスン・エイティーズ」の15回目「シンガーソング専業主婦、竹内まりやの本当の魅力は?」でも(勝手に)お名前を出させてもらいました。

ここ十数年は、何度も(いろんな部位の)癌の手術をされたり、心筋梗塞やら、脊柱管狭窄症やら、俗に「病気のデパート」などと言いますが、ホントにこういう人いるんだなと、心配ながらも呆れていましたが、その都度元気に回復されるという、強い生命力の持ち主でもありました。つい、この4月にも急性心不全で心停止にまで至ったようですが、またまた生還(まさにこの言葉に相応しい)されました。「贅沢は言わないがあと4、5年は生きていたい」というFacebookのコメントを見て、その気持があればきっとだいじょうぶだろうと思いましたが、さすがにもう身体の中はボロボロだったんでしょうか、2ヶ月後の訃報でした。

私も同じ制作スタッフ畑だったので、直接お仕事をしたことはないですし、深い話をしたこともないのですが、残された数々の素晴らしい作品群、そして、知的でシニカルなんだけど根は優しい独特のキャラクターは、私にとって憧れでした。

また私と同じく、女性アーティストとの仕事が多かったことにも、何か親しいものを感じていました。

EPOと宮田さんと私


私は1988年に、EPICソニー(当時)で、遊佐未森というアーティストをデビューさせましたが、宮田さんのもと、ミディから出すことも検討されていました。彼女のマネージメント事務所だったヴァーゴミュージックは、宮田さんがRVC時代にデビューさせたEPOのマネージャーだった坂野雄平氏が経営していたという関係性があったからです。結局坂野社長が、後出しジャンケンだった私とEPICでやることを決めてくれましたが、どちらに転んでもまったくおかしくなかった、と言うより、宮田さんとやるほうが流れとしては自然だったでしょう。その時点では、宮田さんと一面識もなかった私ですが、束の間同じ交差点に立っていたみたいなもんですね。

もう少し時を遡って1982年、私は渡辺音楽出版という会社で、山下久美子を担当していましたが、その4th アルバムをどういう方向にしようかと考えていた時、たまたま聴いたのが、EPOのミニアルバム『JOEPO〜1981KHz』(1981)でした。その中の「エスケイプ」という曲がすごく気に入って、編曲クレジットを見ると大村憲司さん。大村さんと言えば、「日本のクラプトン」とも呼ばれたブルース・ギタリストですが、当時はYMOのワールドツアーにも参加したくらい、テクノ/ニューウェイブにも通暁していました。

「エスケイプ」はその両極のセンスを融合した見事なサウンドだと感じ、私は山下の4th アルバム『抱きしめてオンリィ・ユー』のアレンジを大村さんにお願いすることに決めたのです。アルバム1曲目の「恋はスクーターに乗って」という曲など、「エスケイプ」でピアノを弾いている清水信之さんに、同じようなピアノを弾いてもらい、まるでオマージュのようなサウンドになっています。

そのEPOのアルバムのプロデューサーはもちろん宮田さん。私は特に意識もしないままに、宮田さんにはいろいろお世話になったのでした。



EPO「DOWN TOWN」の印象と実力


さて、そのEPOのデビューアルバム『DOWN TOWN』。タイトル曲「DOWN TOWN」が “シュガー・ベイブ” のカバーで、フジテレビ系バラエティ番組『オレたちひょうきん族』のエンディングテーマとなり、デビューから間もなくヒット、という幸運な結果になったことは御存知の通りです。

面白いのは、そのタイアップは、その後常識化する、執拗なプロモーションや周到な根回し、あるいは胡散臭い “協力金” によって獲得したものではなく、番組サイドから「シュガー・ベイブのDOWN TOWN」を使いたいとアプローチしたら、テレビ嫌いの山下達郎氏があっさり断って、EPOに話が回ってきたらしいこと。宮田さん自身が語っておられます。山下久美子の「赤道小町ドキッ」(1982)も、代理店のほうから直接私に、カネボウ化粧品のタイアップの依頼が来たのが発端ですから、当時の音楽業界はとても健全だったのです。



「DOWN TOWN」のヒットとともに、EPOを取り上げた雑誌記事なども当時頻繁に目にしましたが、東京女子体育大学在学中だったからか、なんだか“スポーツ・レディ”であることをネタにしたようなものが多かった印象があります。水着姿のグラビアがあったり、TBS『新春オールスター大運動会』に出場したりもしたようで、竹内まりやもそんなことをさせられたようですが、これはRVCの主義だったんでしょうか。

そういう印象が強い上に、前述の「エスケイプ」も8ビートの小気味よい曲だし、彼女の最大ヒット「う、ふ、ふ、ふ、」もアップテンポだったので、どうも私の中でEPOは、元気で明るい歌が似合う人というイメージでした。のちに、『FREE STYLE』(1988)というアルバムの「夏の約束」という曲で、彼女の歌唱力に改めて感心するのですが、デビューの頃は、まったくそんなふうに見てはいませんでした。だけど先日、このデビューアルバムをじっくり聴いたら、バラード系の曲で、既に素晴らしい歌唱を披露していることに初めて気づいたんです。



昔から私は、どうも気に入った曲があるとそればかり聴いて、アルバムを買っても他の曲はまるで聴かない、という性癖があって、この「リリッスン(re-listen)」シリーズにも、実はそういう、「過去の力作たちを適当に聴き流してきた自分への戒め」という気持ちも潜んでおります。

特に「クラクション」という曲は、メロディもいいし、歌唱がすばらしい。彼女の歌の実力がよく分かります。まず地声とファルセット(裏声)間の移行が、どちらの方向へも、極めてスムーズ。ともすれば、地声に比べてファルセットは細くあるいは弱くなりがちなのですが、EPOのファルセットはしっかりと強靭で、バネのように弾力性があります。だから頭からファルセットのフレーズでも、ちゃんとアタックがしっかりしているのでリズムがいいんですね。バラード曲は歌唱もソフトという先入観があるかもしれませんが、メロディがゆったりしている分、逆にボーカルにビートがないと、聴いていられません。

そして声質。雑味がまったくなく、絹のようになめらかで、伸びやかな声です。もちろん、ピッチ(音程)には寸分の狂いもない。類まれなるEPOの歌唱に、今更過ぎますが、すっかり魅了されました。

それほど上手いわけでもないのに、メディアで「奇跡の歌声」などと煽りまくった結果、なんとなく一般にもそういうイメージで通っているアーティストさんたちも多い中、EPOはその反対で、こんなに歌が上手いのに、それがちっともアピールされていなかったと思います。“スポーティなSSW”として人気はあったけど、実力に評価が伴ってなかったですね。残念なことです。

追悼、宮田茂樹


だいたい、なんで体育大学に進んだんだろう? 高校時代に既にバンドを組んで、ニッポン放送の『ライオン・フォーク・ビレッジ』で優勝したこともあったらしいのに。何より、こんなに素晴らしい声と歌唱力を持っていたのに。欲のない人なんですかね。

宮田さんがEPOに初めて会った時、デビューの話を持ちかけると、「体育大に推薦入学が決まっているので時間が……」と言われたそうです。体育教師になるつもりだったんですね。それからデビューまで1年余り。どういうやり取りがあったのかは分かりませんが、結局彼女は体育大を中退し、体育教師ではなく歌手の道を選びました。宮田さんのせいでEPOの人生は変わり、おかげで貴重な音楽作品たちが世の中に生まれてくることができました。

宮田さんの身体は病魔に奪われましたが、そのオーラは、作品たちの中にしっかり残っています。

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2022.10.02
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カタリベ
1954年生まれ
ふくおかとも彦
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