9月18日

偉大なるボブ・ディラン、80年代の不振は一体なんだったのだろう?

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ボブ・ディランのアルバム「オー・マーシー」がリリースされた日
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photo:SonyMusic  

24→33→20→33→54→61→30

この数字は何かというと、ボブ・ディランが80年代にリリースしたオリジナルアルバムの、全米チャートにおける最高順位の変遷である。ライブ盤も2枚出していて、そちらは115位と37位。何枚も連続で1位を獲得していた70年代に比べると、あまりの落差にめまいさえする。

ディランは80年代にスタジオ録音とライブ盤を合わせて9枚の作品をリリースしているが、そのうちゴールドディスク(50万枚以上)を獲得したのは2枚のみ。シングルヒットはなし。チャートの成績がすべてではないにせよ、80年代のディランがセールス面で苦戦していたことが窺える。

そんな時期に、僕はボブ・ディランのファンになった。1984年の冬、発売されたばかりのライブ盤『リアル・ライブ』がラジオで特集され、そのときに聴いた「悲しきベイブ(It Ain't Me, Babe)」の大合唱に感動したのがきっかけだった。

「こんなに凄いのか!」というのが、聴いたときの率直な感想だ。

ひとりでギターをかき鳴らし、ハーモニカを吹きながら歌うディランは、力強く、ダイナミックで、歌声は神々しくさえあった。

当時、ディランは新作をコンスタントにリリースし、トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズを率いてのツアーや、アメリカの農民を守るためのチャリティライブ『ファーム・エイド』の開催に尽力するなど、精力的に活動を続けていた。

しかし、レコードはかつてのようには売れなかった。思えば、僕はディランの新作について友達と話した記憶がない。その代わり、プロモーションビデオを嘲笑されたり、「変な声だ」とか「格好が汚らしい」とか言われたのは覚えている。あの頃は、ディランを好きになればなるほど、世間の冷たさを肌で感じたものだった。誰もディランの新作など求めていない。そんな気さえした。

確かに80年代の諸作は、かつての名作群に比べれば、充実していたとは言えないかもしれない。しかし、どのアルバムにも必ずいい曲が収められていた。それは「エヴリィ・グレイン・オブ・サンド」であったり、「ジョーカーマン」であったり、「アイル・リメンバー・ユー」であったり、「エモーショナリー・ユアーズ」であったりした。どの曲もディランにしか書けない美しい歌ばかりだった。それを知ってしまうと、新作にそっぽを向く気にはなれなかった。

そんな80年代が終わりを迎えようとしていた1989年、名作『オー・マーシー』がリリースされた。ダニエル・ラノワをプロデューサーに迎え、ニューオーリンズでレコーディングされたこのアルバムは、ディランにとってまさに起死回生の大傑作となった。

アルバムは鋭く、重厚でありながら、同時に優しい雨が地面を濡らしているようでもあった。終末感と救済の祈りが鮮やかなコントラストを放って混在していた。サウンドの奥行きは人工的なのに、伝わってくる温度は人間的だった。そうした多面的な効果は、伝統的な音楽と最新の音響技術が交じり合うことで生み出されたものだった。

そして、このアルバム以降、ディランの新作が発売されるたび、僕の周囲でも話題にのぼるようになった。嬉しかったけど、なんだか不思議な感じもした。

ヒットチャートでも少しずつ好成績を残すようになっていった。1997年にリリースされた『タイム・アウト・オブ・マインド』がグラミー賞の最優秀アルバムに選ばれると、2006年の『モダン・タイムズ』と2009年の『トゥゲザー・スルー・ライフ』では連続して全米チャート第1位を獲得。何度目かの全盛期を迎えることになる。さらに2016年にはノーベル文学賞まで受賞するのだから、いやはや、人生とはわからないものだ。あの80年代の不振は一体なんだったのだろう?

1994年2月、僕は横浜文化体育館で初めてボブ・ディランのライヴを観た。オープニングナンバーは「ジョーカーマン」。1983年のアルバム『インフィデル』に収録されている曲だ。あのときの感動をどう表現したらよいのだろう。80年代にディランを聴き始めた僕のようなファンにとって、あれは最高のプレゼントだった。

2019.09.18
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  YouTube / BobDylanVEVO


  YouTube / BobDylanTVVEVO
 

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カタリベ
1970年生まれ
宮井章裕
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