11月30日

ジャンルを超えたヴァン・ヘイレン、ビートイットとハトヤホテル!

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マイケル・ジャクソンのアルバム「スリラー」が全米でリリースされた日
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photo:VHND.com  

あれは確か新宿歌舞伎町辺り、今は無きカフェバーで話している時だった。

輸入盤で出たばかりのマイケル・ジャクソンの「スリラー」が LP でかかっていた。A面が終わりB面がかかり思わず話を中断。物凄いロック調のギターリフが鳴り出した。

「えっ? これマイケル?」

店員さんを呼んで曲名を聞いたら「ビート・イット」だと。曲を聴いてるうちにギターのリフの音色がソロパートになると変わった。

友人に「このギター、ヴァン ヘイレンのエディ?」と言うと一笑された。

「マイケルが何でエディとやるんだよ? 確かにロック調の曲だけどありえないよ。マイケルとエディってどんな組み合わせ?」

そうこうしてるうちにB面が終わり私はコーヒーのおかわりと再度B面の1曲目をかけてくれるよう店員に頼み「ビート・イット」のギターに皆で全神経集中。

この時は誰も信じなかったが、やはりギターのソロパートはエドワード・ヴァン・ヘイレンだった。


―― 1978年9月、ヴァン・ヘイレンは初来日している。

『ぎんざNOW!』の木曜日「ポップティーンPOPS」で、初めてプロモーションビデオを見て来日を知りコンサートに行った。ここでランナウェイズの時のグルーピーのお姉さん達に再会(コラム「ジョーン・ジェット、ランナウェイズの悩殺爆弾からアイ・ラヴ・ロックンロール!」を参照)。誘われるがままにホテルへ行った。

お姉さん達は部屋を予約していて、着替えたり化粧直しをしたり大忙し。素顔でおかっぱの私には眩しい存在。

突然「帰って来たよ!」と1人のお姉さんが言い、ライブ後のメンバーが奥の部屋に戻って来た。

皆の最後に付いて行くと、向かい合わせの部屋の片方にエディ。他の3人は反対の部屋にいて、フロア中に響く大きな声で盛り上がっている。お姉さん達は英語ペラペラ。すっかり意気投合して写真撮ったりメンバーと飲み始めた。

あっという間に片方の部屋の冷蔵庫が空になりお姉さんが私に、

「エディを呼んで来て! ついでにビールあるだけ持って来て!」

ドア前にいた私は緊張感いっぱいに向かいのエディの部屋に入ると、聴き覚えのあるメロディーが…


彼はギターを抱え、テレビをつけながら曲を弾いていた。

「ハロー」と小声で言った私に

「ハイ。君この曲知ってる?」
「い、イエス」
「歌って!」

 伊東にゆくならハトヤ 電話はヨイフロ
 4・1・2・6! 4・1・2・6!
 はっきりきめた ハトヤにきめた

「ワンモア!」

私が生まれて初めてホテルの部屋で2人きりになった異性はエドワード・ヴァン・ヘイレン。しかも出会い頭にハトヤの CMソングを唄い、彼はギターを弾いている。

呼びに来たお姉さんが誘っても彼はギターを離さず、どうやらテレビから流れたこの曲が気に入り、ずっと待っているが CM が流れないからうろ覚えで弾いていたとの事。

英語は自信が無いがハトヤなら任せて! とばかりに私は歌い、彼は5~6回目にはギターを弾きながら日本語で唄える様になっていた。

当時も今も、私はギターはおろか楽器の事は分からないし演奏も出来ないが、初めて行った国のテレビで1回視た CM ですぐに音を採り、数回で知らない言語を聴いて唄いアレンジするとは、ライトハンド云々はさておき、耳が相当良い事と凄まじい集中力。今にして思えば絶対音感的な体質なのだろう。

綺麗なグルーピー達には目もくれず、酒盛りにも参加せず、ハトヤの CMソングを覚えるまで約1時間。私はエディの指先とギターばかり見ていた。魔法使いか天才か。耳で聞いて音に変換するさまは手品のように鮮やかだった。


―― マイケル・ジャクソンの「ビート・イット」はプロデューサーのクインシー・ジョーンズに呼ばれたエディがアレンジとリード含めノーギャラで30分で仕上げたらしい。

エディのギターに気づいた人が世界中に沢山いても、「まさか!」と言われた時代だった。

エディ曰く、「メンバーに内緒だったし、多分まさか俺のギターだなんて誰も気付かないはず」と答える謙遜ぶりが彼らしい。

残念ながらハトヤを演奏するエディの音源は無いが、大学ノートに貰ったサインには「ハトヤガール」って書いてある。

ちなみに、エディが良い曲だと言ったハトヤの曲は、作詞:野坂昭如、作曲:いずみたく の黄金コンビ。

2019.07.07
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  YouTube / Michael Jackson


  YouTube / おもしろCM
 

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ヒラガナ
5150は4126
つまりハトヤからインスパイアを受けた曲なのかもしれませんね。
4126がなかったら5150は生まれなかったのかっ!
2019/07/13 22:30
0
返信
カタリベ
ロニー田中
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