5月1日

音楽を奏でる心意気、それこそがブルーハーツのロックンロール

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ザ・ブルーハーツのメジャーデビューシングル「リンダ リンダ」がリリースされた日
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photo:HIP TANK RECORDS  

1987年、高校3年になったばかりの春だった。同じような音楽が好きな友達がいて、彼がカセットテープを僕に差し出した。

「なに?」
「ブルーハーツ。佐野元春よりかっこいい」
「ブルース・スプリングスティーンよりもかっこいいか?」
「それはわからないな」

もう30年も前のことだから、細かいところは忘れてしまった。でも、そんな会話をしたのは覚えている。

確かまだ4月だったと思う。ブルーハーツのメジャーデビューは5月だから、シングル「リンダ リンダ」も、アルバム『ザ・ブルー・ハーツ』も発売されていなかった。だから、そのカセットに録音されていた「リンダ リンダ」は、きっと友達がラジオで録音したものだったのだろう。

その夜、甲本ヒロトの声を初めて聴いた。正直、歌詞の意味はよくわからなかった。でも、発せられる言葉の熱量は半端なかった。それは一度聴いたら覚えてしまうくらいに鮮明だった。

まるで矢のようだと僕は思った。その矢は勢い良く弾き出されると、まっすぐに僕の胸へと突き刺さった。一緒に歌ってみたら、どこか文学的な匂いがした。ジョン・レノンやジム・モリソンみたいだなと思った。

誰もが騒ぐようなデビューではなかったと思う。でも、アンテナがたっている友達ほどブルーハーツの話をしたがった。僕にとっては、ちょっと気になるバンドといった距離感だった。

その年の暮れ、テレビで初めてブルーハーツを観た。『夜のヒットスタジオ』という、古めかしい番組だった。ブルーハーツは他の出演者の誰とも違っていた。自由で、不良で、とにかくおかしかった。

僕が気に入ったのは、司会の古館伊知郎が「テレビを観ている故郷の肉親へ一言」と水を向けたときに、ヒロトが「それじゃ、ニューヨークの父と母に」と言ったところだ。そんなの嘘に決まってる。腹の底がくくくっと痙攣した。

翌日学校へ行くと、久しぶりにブルーハーツがクラスで話題になっていた。でも、次の日には誰も話題にしなくなった。実際はそんなものだった。一般的な人気を獲得したのは、「TRAIN-TRAIN」が人気テレビドラマの主題歌に使われてからだと思う。

実を言うと、僕がヒロトとマーシーをリスペクトするようになったのは、ブルーハーツが解散してからだ。1995年にふたりが結成したハイロウズは、ブルーハーツよりも遥かに性急なビートとラウドなギターが特徴のバンドだった。

僕がハイロウズに惹かれたのは、演奏から伝わってくる屈強なまでのスピリッツだった。ブルーハーツにあった純粋さを残しながら甘さを廃したサウンドは確信に満ちていた。それは「リンダ リンダ」の成長した姿だった。弓矢が豪速球になったのだと僕は思った。

それから随分たって、僕はある雑誌でヒロトとマーシーのインタビューを読んだ。その頃にはもうハイロウズも解散していて、ふたりはクロマニヨンズを結成していた。インタビューの中でヒロトがブルース・スプリングスティーンのことを語っていた。

「スプリングスティーンはクラッシュ直結だと思うんだけどなぁ」とした上で、こんなことを言っている。

「スプリングスティーンに関して言えば、僕は彼がどんな歌詞を歌ってたとしても好きになってたと思う。歌詞の内容というよりも、その言葉を吐くときの心意気というか。それこそがロックンロールだもんね」

まるでロックの魔法が紐解かれたような気がした。

僕は高校3年の春に初めて「リンダ リンダ」を聴いた夜のことを思い出した。あの矢が胸に突き刺さるような感覚を。歌詞の意味はわからなくても、ひとつひとつの言葉が目の前にありありと浮かび上がってきたときのことを。あれは一体なんだったのか?その答えをヒロト自身から聞いたような気がした。

そして、何も変わっていないのだと思った。ハイロウズの「十四才」も、クロマニヨンズの「紙飛行機」も、その熱量は「リンダ リンダ」のときと何も変わっていないのだと。

ブルーハーツは、ヒロトとマーシーの青年期の記録だ。期間限定。あの繊細さと優しさの裏返しのようなロックンロールが歌われることはもうないだろう。それでもブルーハーツが今も歌い継がれているのは、楽曲がよかったからというだけではない。

それは、4人のメンバーがせーので音楽を奏でたときの「心意気」。

それこそがロックンロールなのだから。

2017.05.20
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カタリベ
1970年生まれ
宮井章裕
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