デビュー40周年を迎えるハワード・ジョーンズ、ベスト盤リリース
1983年にデビューしたハワード・ジョーンズ。なんとデビュー40周年を今年迎える。私が中学生の頃、「シンセ・ポップの貴公子」、「音の魔術師」と呼ばれ、ヒット曲を連発していた。
そして、この度、『ジャパニーズ・シングル・コレクション -グレイテスト・ヒッツ-』 がリリースされることになった。エレクトラ / ワーナー在籍時に日本でリリースされた全シングル曲を網羅した日本独自企画盤だ。
ちなみに、現在、当時の原盤権利を保有しているUK老舗インディレーベルのチェリー・レッド・レコーズは、オリジナルアルバムにボーナストラックを加えたリマスターを行い、丁寧なリイシューを展開している。今回の日本独自編集のシングルコレクションもチェリー・レッドがリリースした音源が使われており、「シンセ・ポップの貴公子」、「音の魔術師」の音像を最新リマスターで楽しむことができる。しかも、ヒット曲満載のベスト盤だ。
本作は、ハワード・ジョーンズのサウンドがどのように変化していったのかを確認する最良の作品となっている。そんなわけで、本稿ではサウンドの変遷とアーティスト、ハワード・ジョーンズの本質に迫っていきたい。
シンセサイザーの音色を丁寧に重ね、独自のエレポップを確立
デビュー当時、ハワード・ジョーンズはエレポップの範疇で語られるアーティストだった。デビューアルバム『かくれんぼ』、セカンドアルバム『ドリーム・イントゥ・アクション』ではシンセサイザーの音色を丁寧に重ね合わせ、カラフルな音づくりと透明感のあるボーカルのコントラストを抜群のポップソングに乗せて歌っていた。こうした手法は、デジタルビートで踊らせる機能性を追求していた多くのエレポップ系アーティストと一線を画す個性となっていた。
セカンドアルバムまでのシンセサイザーありきのサウンドからの脱却
しかし、シンセサイザーの多用も次第に落ち着いてくる。こうした傾向が顕著に現れた作品が、3枚目のアルバム『ワン・トゥ・ワン』からだろう。この作品ではプロデューサーにアレサ・フランクリンやダニー・ハザウェイのプロデュースでお馴染みの大物プロデューサー、アリフ・マーティンを迎え、セカンドアルバムまでのシンセサイザーありきのサウンドからの脱却を試みている。
それまでよりもスローナンバーやファンキーなボトムが強調された楽曲が目立ち、音数をグッと減らしてハワード・ジョーンズのボーカルを前面に押し出すようなサウンドは、シンセサイザーが空間を埋め尽くす音づくりではなく、むしろ音と音の隙間を聴かせるサウンドでソウルミュージックに精通したアリフ・マーティンの起用が最大限に活かされている。
しかし、当時のハワード・ジョーンズは、「シンセ・ポップの貴公子」、「音の魔術師」というイメージが強かったためか、ファンからもプレスからも地味になったと言われてしまった。それはサウンドだけにとどまらす、ビジュアル面でも同様で、トレードマークだったツンツンに立てたヘアースタイルから、マッシュルームカットの彼自身のモノクロ写真がアルバムジャケットに使われており、大人になったハワード・ジョーンズがアピールされている。
それでも、『ワン・トゥ・ワン』から「ユー・ノウ・アイ・ラヴ・ユー」が米ビルボード最高17位を記録するヒットとなり、根強い人気ぶりを見せてくれた。
この傾向は、その後のアルバム『クロス・ザット・ライン』、『イン・ザ・ランニング』でも継続、更に強調され、楽曲に見合ったトータルな音づくりを優先したものとなっており、エレポップ文脈で彼を語ることも少なくなってきたように感じる。
特に1989年のヒット曲、「エヴァーラスティング・ラヴ」は歌い出しからレゲエのリズムが導入されながらも、メリハリのあるポップなメロディーが奏でられる名曲でスティングが歌っても似合うような大人な楽曲となっている。
また、ハワード・ジョーンズがデビューした頃よりもポップミュージックではシンセサイザーやテクノロジーを取り入れることが多くなってきた。80年代後半にはシンセサウンドはオプションではなく標準搭載の機能になっており、ハワード・ジョーンズのサウンドもそれほど珍しいものではなくなってきたのだろう。
再評価に繋がりにくい現行シーンとの微妙な距離感
さて、ここまでが今回の『ジャパニーズ・シングル・コレクション -グレイテスト・ヒッツ-』 で網羅されているエレクトラ / ワーナー在籍時の音源となっている。これ以降、ハワード・ジョーンズは、インディーレーベルからのリリースとなり、トップ40ヒットを飛ばすことはなくなっているが、現在もコンスタントにアルバムのリリースは続けている。
今回、編集された『ジャパニーズ・シングル・コレクション -グレイテスト・ヒッツ-』は、正にハワード・ジョーンズがチャートを賑わした楽曲が網羅されており、90年代初めまでの彼の創作を振り返る作品としてはうってつけのコンピレーションと言えるだろう。
こうしてハワード・ジョーンズの軌跡を振り返ってみると、彼の作り出したエレポップサウンドが今日の音楽シーンを席巻しているハイパーポップの下敷きになっている80sサウンドとは異質なものであることがよく分かる。現在のハイパーポップは踊らせることの機能性が重要視されており、そもそもはクラブサウンドから発展してきたものだ。そのため、参照される80sサウンドもクラブサウンドで踊れるものが選ばれているように感じる。
しかし、ハワード・ジョーンズは、クラブシーンから現れたアーティストではなく、ソロデビュー前はプログレッシブロックのバンドに在籍していたこともあり、その出自は、クラブシーンとは正反対のものと言える。そのため現行のハイパーポップとの親和性が高いとは言えず、他の80sエレポップ系アーティストのような再評価には残念ながら至っていない。
最新作「ダイアログ」ではクラブサウンドを導入
そんなハワード・ジョーンズの最新スタジオ録音アルバム『ダイアログ』も8月30日にデビュー40周年×来日記念スペシャル・エディションとして日本盤がリリースされる。
こちらのリリースは、1984年9月の初来日公演(NHKホール)音源をボーナスディスクとして追加したもので、ファンなら手に入れたいスペシャルな企画盤となっている。そして、肝心の最新作『ダイアログ』では、アッパーなダンスチューンを中心としたバキバキのエレクトロ・サウンドを展開している。
80年代の彼の創作がダンスミュージックとしての機能性が足りなかったことは、本人も自覚しているためか、68歳になった今になって、ハイパーポップから大きな影響を受けたエレクトロなダンスチューンを作り出したことは、今でも新たな音楽創作への尽きない情熱をヒシヒシと感じることができる。新作のサウンドからは、落ち着いたベテランアーティスト風情になってたまるものかという強い意欲が感じられ、こうしたアティテュードは我々、リマインダー世代の中高年も見習わなければならないと痛感するばかりだ。
ビルボードライブ、東京、大阪公演も
そして、充実した新作、80年代のヒット曲を振り返るベスト盤のリリースで全方位体制のハワード・ジョーンズだが、近々、ここ日本での来日公演が実現することとなった。今回の来日公演にはギタリストとベーシストが同行する予定で、テクノロジーと生音を組み合わせた現在の感性で往年の数々の名曲と意欲的な新曲をバランス良く披露してくれることだろう。
また、ハワード・ジョーンズは、90年代以降、ライブ盤のリリースも積極的で、特にピアノの弾き語りスタイルの作品を多くリリースしている。アコースティックヴァージョンは、本来、彼の持っているメロディーメーカーとしての資質と透明感と力強さが共存するボーカリストとしての力量を存分に楽しめる作品と言える。今回の来日公演でも弾き語りスタイルでの演奏も良いスパイスとして、数曲披露してくれることを切に願おう。
そして、ライブが行われるヴェニューもビルボードライブの東京と大阪で行われるため、落ち着いた雰囲気で食事やお酒を楽しみながら、間近でハワード・ジョーンズを観ることができるライブはリマインダー世代には堪らない空間になること間違いなしだろう。
最新作でのエレクトロサウンドから80年代のリマスターとリイシュー、そして来日公演と大活躍のハワード・ジョーンズ。いやはやなんとも老いて益々盛んである!
▶ ハワード・ジョーンズのコラム一覧はこちら!
2023.08.30