80年代は人類史において最高の瞬間?
いきなりだが、80年代というのは、人類がここまで歩んできて、最高の時間を過ごした瞬間なのではないか。
ベトナム戦争が終わり、アメリカとソ連の冷戦の緊張が緩んだ。核戦争への恐怖から世界の人間がひととき逃れた。また、後から振り返ると、資本主義の発達がまだ中途半端なゆえに、じつは社会主義的にうまく機能していた時代だといえるだろう。それは現在の、インターネットを得てキャピタリズムとグローバリズムがいくところまでいきそうなこの時代から見て言えることだが。
そんな中で、ポップス / ロックもひとつの円熟期を迎えたと思う。「クラシック」たりえる歌詞を、曲を、人類は大量に産み出したのだ。
ハワード・ジョーンズとトーマス・ドルビー
ここで紹介するハワード・ジョーンズとトーマス・ドルビーの楽曲も、「クラシック」として人類の財産に加わるものだ。サウンド的には、当時イギリスで勃興した「エレクトリック・シンセ・ポップ」である。それまでの「バンドを組む」「ギターを持つ」という音楽衝動の実現過程から、シンセサイザーの登場によって、「ひとりですべてを作る」「音像全体をコントロールする」という手法で、きわめてパーソナルなメッセージを、きらびやかでメジャーなサウンドに仕立て上げて、ヒットチャートの上位に送り込む人たちが出てきたのだ。これも科学技術と人間の心が調和した80年代ならではだと思う。テクノロジーは本来、そのためにある。
ハワード・ジョーンズの『ホワット・イズ・ラヴ?』はきわめて内省的で哲学的な内容をエレクトリックなトラックで包む。大ヒット曲「彼女はサイエンス」で有名なトーマス・ドルビーも、今回紹介するのは非常に陰にこもったというか、幻想的な心象を美しいメロディとアレンジに乗せる『エアーウェイヴス』だ。両者の資質はとても似ていることがわかってもらえるだろう。
そのふたりが1985年2月26日、第27回グラミー賞で共演した貴重な映像がある。しかもスティーヴィー・ワンダー、ハービー・ハンコックと4人での、夢のステージだ。全員がシンセサイザーを操り、テクノロジーと人間の調和をこれでもかと楽しませてくれる。
テクノロジーはいったいなんのために
それにしても、80年代というのは、人類が最高の時間を過ごした瞬間なのではないか。「あの頃はよかった。もうおしまいだ」と言いたいのではない。そのなかにヒントを見つけて、21世紀、わたしたちが人間を取り戻すヒントがあるに違いないから、わたしはこんな音楽の紹介をするし、この「リマインダー」というサイトも存在するのだろう。
ギリシャやローマの文化を思い出して、芸術を蘇らせたルネッサンスまで、人類は1000年以上かかった。いまはインターネットがある分、使い方次第で、わたしたちにはすみやかに人間を取り戻すチャンスがある。テクノロジーは本来、そのためにある。そう思う。
2016.12.11