2023年 9月9日

ハワード・ジョーンズ【ビルボードライブ公演レポート】音の魔術師がみせた感無量の一夜

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ハワード・ジョーンズ来日公演日(ビルボードライブ東京)
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photo:Masanori Naruse  

シンセサイザーに愛されたポップスター、ハワード・ジョーンズ


なんとも真摯な音楽人である。テクノロジーの急速な発展により音楽界が大きな革命に揺れた1980年代にひとり “音の魔術師” の異名を取り、シンセサイザーに愛されたポップスター、ハワード・ジョーンズが、去る9月8日、デビュー40周年というタイミングで4年ぶりの来日公演をビルボードライブ東京で行った。以前にもRe:minderで億面なくハワード・ジョーンズ愛をぶちまけてきた私だが、これまでYouTube上にある80年代のライブ映像を通してでしか感じることのできなかった至高のパフォーマンスを、このたび形を変え円熟した内容で堪能することができた。

彗星のごとく登場し一世を風靡したデビューから40年を迎えた “音の魔術師” がこの素晴らしい節目に披露してくれたまったく新しいミラクル、ミュージシャンの鑑とも言うべき演奏をみせた感無量の一夜をここにレポートする。

全く衰えを見せない伸びやかな美声。御年68歳


客入れからBGMにはニュー・オーダーなどといった80年代ニューウェイヴのヒットナンバーが並び、満席となった会場を埋めるリアルタイム世代と思しきファンたちのテンションは爆上がり。とはいえ後追いであろう30〜40代くらいのファンもチラホラ見かけた。彼らにとってもハワード・ジョーンズという存在はニューウェイヴの範疇を超え、80’s洋楽ポップスの入り口として絶好の立ち位置であったはずだ。

開演時間まもなくハワードと彼の長年のサポートメンバー、ロビン・ボールト(g)、そして元カジャグーグーのベーシストで近年はプログレ界隈で活躍、自身のバンドTrifectaを率いるチャップマン・スティックの名手でもある、ニック・ベッグス(b)が登場。個人的にも1、2を争うお気に入りのベーシストなだけに、この画を生で見られるだけでも一瞬にしてMAXを振り切る胸の鼓動。ハワードはこの日、“ミチコ” と自ら名付けた自動音声翻訳アプリを使い、「台風予報のなか足を運んでくれてありがとう」と可愛い挨拶。そしてライブはセカンドアルバム『ドリーム・イントゥ・アクション』(1985)収録の「アソールト・アンド・バッテリー」で幕を開けた。

photo:Masanori Naruse


この3人は “Howard Jones Acoustic Trio” として3年ほど前からツアーを共にしているメンバーで、エレクトロなハワードの楽曲群をアコースティックに再構築した演奏を行っている。こういった信頼できるメンバーを率いた “ミニマル” な体制は、音楽性は違えどデビュー当初からの “1人バンド” 形態にも通じるように、もしかすると彼の表現方法の根底に常にあるものなのかもしれない。『ドリーム・イントゥ・アクション』の頃など一時は大所帯のバンド編成になった時期もあったが、彼の楽曲の方向性やそのキャラクターを考えると、やはり “ミニマル” という表現に彼の持ち味が活かされるのだろう。(*参照コラム:ハワード・ジョーンズ『かくれんぼ』ひとりぼっちが生んだエレポップの希望)

そして驚愕すべきは、全く衰えを見せない伸びやかな美声。御年68歳、デビュー時から声が全く年老いてないどころか、むしろどんどん高音まで柔らかく、表現力も増している。長年のヴィーガン生活の賜物なのだろうか?

原点回帰とも言えるジャズ・バーの演奏スタイル


続いてデビューアルバム『かくれんぼ』(1984)から代表曲「ホワット・イズ・ラヴ?」のジャズアレンジで、さっそく会場は合唱の渦に。その後も「スペシャルティ」「1日の生命」と続き、充実したエレクトロニカの前作『トランスフォーム』(2019)から美しい「アット・ザ・スピード・オブ・ラヴ」。最新作『ダイアログ』(2022)もそうだが、近年になっても高品質でカタルシスある楽曲を量産し続けているところに底なしの才能を感じてやまない。

ちなみにこの “Howard Jones Acoustic Trio”、単なるアコースティックではなく、実に想像の斜め上をいくアレンジが施されているところに、ベテランなハワード&フレンズならではの実直さが窺えるのだ。ジャズはもちろん、フォークであったり、レゲエやカリプソなど、ピアノ+ギター+ベースで表現しうる多様な音楽性を飲み込み、これまた下積み時代のハワードが幾度となく行ってきたジャズ・バーの演奏スタイルで、いわば原点回帰とも言える。

「君はTOO SHY」のジャズアレンジに場内は歓喜の大合唱


ドラムレスでありつつビートを効かせたスタイルへのこだわりは、ニック・ベッグスの手腕によるところが大きいだろう。ハワードとはメジャーデビューもほぼ時を同じくした同期であるが、元カジャグーグーというアイドル視されたバンド出身でありながらチャップマン・スティックをポップシーンに認知させた功績もあり、その後はプログレ界を中心に海外では知る人ぞ知る名ベーシストとして不動の評価を得ている。

photo:Masanori Naruse


そんなニック、カジャグーグー時代はつらい思い出が多く好きな曲も一つもない、と度々インタビューで語ってきたが、皮肉にも彼が最もよく認知されている80年代を代表するヒット曲、「君はTOO SHY」(1982)のジャズアレンジも披露された。場内は歓喜の大合唱、これだけでも贅沢すぎる涙モノの一夜だ。ミニマルな生演奏でニックのスラップがクールに映える。もともとチャラチャラした歌詞を除けばフロア向けのカッコいい曲なのだが(そこが良いんです)、ここまで大人っぽく生まれ変わった「君はTOO SHY」をプレイするハワードとニックの姿に、80’sの荒波をサヴァイヴした2人が40年の時を経て当時の複雑な思いを昇華しつつ、あの頃よりも純粋に音楽を楽しめているような気が勝手にして、目頭が熱くなる瞬間であった。同期の絆のなせる業だ。

アンコールは「ニュー・ソング」、総スタンディング、最高潮の熱気


そしてハワードの代表曲「君を知りたくて」にニックのチャップマン・スティックが彩を添えたあとは「かくれんぼ」と続く。オリジナルは尺八のサンプリングなどを使い、ハワードがファンであったジャパンの影響を感じさせるオリエンタルなヒット曲であるが、この日はフォーキーともジプシー音楽風ともいえる大胆なアレンジがなされ、彼自身MCで「40年経って全く新しい曲になった。おかげで新鮮さを保っている」と紹介。そして同じく『かくれんぼ』から「雨を見ないで」の躍動感あふれるジャズ・アレンジで一旦の幕を閉じた。

アンコールでは「ニュー・ソング」で会場が待ってましたとばかりに総スタンディング、最高潮の熱気に包まれ、そのまま「オンリー・ゲット・ベター」へ。舞台上のトリオも激しく体を揺らし、ニックのブロンドの長髪もきれいに波打ってプログレ・ジャズバンドさながらの熱いテンションでラストを締めくくった。

音楽を少しでも長く続けたいだけ、というシンプルな姿勢


今回、3人だけで魅せたアコースティック・セットは、観客の好みに因るところもあり、地味と言われればそれまでかもしれない。だが、そこにハワード・ジョーンズという音楽家の真髄がしっかり伝わってくるのだ。確かに当時、アイドル的な人気を集めはしたが、80年代に売れた多くのアーティストがそうだったように、他のメッセージ性やルックス、ファッションなどに頼り一時の名声を得てもすぐに泡と消えていった者たちとの明確な差を、この年月が証明している。彼自身が以前インタビューで語っていたように、金や名声のためじゃなく、自分の音楽を多くの人に届けたいだけ、ただ音楽を少しでも長く続けたいだけ、というシンプルな姿勢だ。

photo:Masanori Naruse


そんなスタンスが功を奏したとも言えるか、現代の音楽チャートの最前線を張っているのはザ・ウィークエンド等に代表される、ちょっとレトロなシンセウェイヴやエレクトロニカだったりする。ザ・ウィークエンドに至っては1990年生まれ、恥ずかしながら筆者と同い年なのだが、つまりは80年代をリアルで体感していないわけで、そんな世代の我々にとってこの時代はノスタルジーではなく、 “現実じゃない” ファンタジーなのだ。そんなファンタジーな80年代シンセポップという世界の、もっとも分かりやすい伝説のミュージシャンの1人にハワード・ジョーンズが居て、そんな彼の音楽がシンセウェイヴとかいうふうに形を変えて今の音楽に生きている。

また、そんな新しい音楽に対する先輩ならではのアンサーであるかのように、前作『トランスフォーム』、最新作『ダイアログ』と、彼の音楽性が明らかにシンセウェイヴやニューディスコに寄ってきていて、もしこれがハワード・ジョーンズだと知らずに聴けば若手のニューカマーと見紛ってしまいそうなところだ。そして最近のハワードのシングルを若いプロデューサーたちがこぞってリミックスを手掛けているところも、非常に感慨深い邂逅である。

自らの代名詞を捨て去った、新しいミニマル体制


デビューから40年、満席のビルボードライブ東京で相変わらず愛おしさを感じずにはいられない真摯な音楽性を見せてくれたハワード・ジョーンズ。そんな彼の “推され力” はデビュー当初から突出していたと個人的には思っている。そもそも1人で何台ものシンセとドラムマシンを駆使し、ライブで生演奏をするなんて発想の無謀さは、カワイイ顔をしてなかなか狂気の沙汰であった。そんなギャップを見せつけられれば、こっちだって応援したくならない訳はない。

リアルタイムで彼の音楽に触れることができなかった私は、もし時空を巻き戻すことができたなら最初にやることはまず彼のライブに行き “1人バンド演奏” を見ることであった。シンセの可能性がこれだけ極められた現代ではまず見ることのできない超絶技巧だからだ。しかしこのたび、かつて自らの代名詞であったエレクトロニクスの表現を捨て去り、新しいミニマル体制で自ら80年代の楽曲を中心に高いクオリティで全く違う曲に生まれ変わらせたハワード。リアルタイムファンのノスタルジーに訴えかける商業的な路線でのライブじゃない、新しいアプローチで地道に音楽を続ける姿勢に、今も輝きを増し続けるハワード・ジョーンズの魅力を感じた。そんな40年目の “音の魔術師” の飽くなき進化と挑戦に、拍手を送りたい。

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2023.09.21
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