7月1日

80年夏、青い珊瑚礁 — カマチのいとこがトップアイドルになったあの日

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photo:SonyMusic  

1980年の春。

小学6年に進級した僕のクラスに面白い情報が流れてきた。

「隣のクラスのカマチのいとこが歌手でデビューしたらしいぜ」

「まじ? すげー」

のほほんと退屈な日常を過ごしていたガキンチョには格好の話題だった。聞けば、何かの CMソングを歌っているらしい。今のように早くて正確な情報も無い時代だ。それがどんな CMで、流れているのがどんな曲かさっぱり分からない。

隣のクラスのカマチ君とは、お互い知っている仲だけど、特に親しいというワケでも無く、「歌手デビューした、いとこ」の情報を根掘り葉堀り聞く間柄では無かった。

「へー。どんな人なんやろうね?」

そんなレベルの会話で話は終わる―― まさか、その人こそが80年代を代表する… いや日本を代表する永遠のアイドルになるなんて事はこれっぽっちも予感していない。ただ同級生のいとこが歌手デビューする、そんな凄いことが身の回りに起こるなんて事があるんだなあという感動だけはあった。

田舎のガキンチョにとって、テレビに出る人なんて雲の上の存在だった。小学4年で好きになったピンク・レディーのミーちゃんだって、どこか「実はこの世に存在しない人なんじゃないか?」と思っていたし、「アイドルはオナラをしない」という俗説も「するわけないだろ」と信じていたお年頃だ。

その後、どうやらその CM というのは資生堂の洗顔クリームだという情報が入る。

「これか! この人がカマチのいとこなのかあ」

のちのち有名な話となるが、CMソングを歌っていた歌手と CM に出ていたモデルは全くの別人。そんな情報も無いから、カマチ君のいとこは CM に出ていたモデルの山田由紀子さんだと信じて疑わなかったのだ。

そして、さらなる情報としてもたらされたのが、NHK『レッツゴーヤング』にサンデーズの一員として毎週日曜日の夕方テレビに出ているらしいという事だ。

日曜日の18時から放映されていた『レッツゴーヤング』。小6の僕は友達と野山で遊ぶのが楽しかったから、まだまだ遊べるその時間、家に帰って歌番組を観るほど熱心な歌謡愛好家ではなかった。しかし、この時ばかりはカマチ君のいとこ見たさにテレビに向かってみた。

番組アシスタントを務めるサンデーズ。その中に、CM に出てたあの女性が…

「おらん、おらんやんか」

今考えるとバカげた話なのだが、歌手がデビューする時の「芸名」というものの存在を知ってはいたものの「カマチ君のいとこだから蒲池〇〇という名前でテレビに出ているものだ」と信じ込んでいた。

どうやらカマチ君のいとこが歌手デビューしたなんて話はガセネタのようだ。そりゃそうだ。そんなことが起こるわけないよ。だって、スター誕生にも出てなかったし―― 釈然としないままその日のレッツヤンは終わってしまった。僕の中では、ガセネタ扱い。その後しばらく話題することはなかった。

そんなある日。ちょっとおませなクラスメイトの家で最新号の『明星』を見せられる。

「ほら、これがカマチのいとこらしいぜ」

モノクロページで「松田聖子」と紹介されていたその歌手のプロフィールにはこう書いてある。“昭和37年3月10日生 福岡県久留米市出身 本名:蒲池法子”

「え、えーっ!?」

ガセネタからの復活情報。しかも CM に出てたあのお姉さんとは似ても似つかぬ風貌だ。この華奢でひ弱そうなお姉さん、こないだ観たレッツヤンに出ていたのかもしれないが、印象には無い。

余談だが僕は、ミーちゃんや林寛子のようなパンッとした健康体かつセクシーなお姉様が好きだったのだ。この松田聖子という歌手はどう見てもそうではなかった。しかし、「本名:蒲池法子」の文字を見たインパクトはいまだ鮮明に覚えている。

「すげー! ほんとにカマチのいとこやん!」

「裸足の季節」でデビューし、2枚目となるシングルが発売される前の事だった。

そして迎えた1980年、夏―― 松田聖子を世に知らしめる、「青い珊瑚礁」が発売される。8月14日放送、『ザ・ベストテン』初登場では羽田空港でジャンボジェットを背に歌うというインパクトを与え、9月18日の放送ではなんと第1位に。その回の「おかあさーん…」と涙声で叫ぶシーンがのちに「ブリっ子」と呼ばれるほど注目を集める。

春やすこ・けいこだったか、山田邦子だったか忘れたが、「松田聖子の本名はカマチノリコ。カマチ、ハマチ、ハマチはブリの子。聖子はブリッ子」なんてはやし立て、カマチという本名も有名になってしまった。

そこまで有名になってしまったら「カマチ君のいとこ」の次元を越えている。言い換えると「カマチ君のいとこが歌手デビューした」のではなく「松田聖子のいとこが同級生にいる」になってしまったのだ。

実際カマチ君の家は、その後大変な事になってしまったと聞く。家の外壁にファンが落書きをしまくったとか、庭にあるものは何でも盗まれたとか――

中でも印象深かった話は、法子姉ちゃんとカマチ君とは6つ違いだったから、家には彼女のお下がりの自転車があり、それが一番に盗まれたということ。その泥よけには “かまちのりこ” と書いてあったらしい。子供ながらに「人気アイドルの親族って大変な事になるんだなあ」とアイドルという社会現象の表と裏を感じざるを得なかった。

松田聖子というアイドルは僕にとってそんな存在だったから最初は「好き」とか「ファン」とか純粋には見られなかった。

今ではあの時代を思い出すアイドルだし、楽曲として最高に楽しめるんだけどね。それは僕の中でも、「カマチ君のいとこの松田聖子」から「松田聖子のいとこのカマチ君との思い出」に変わったからだろう。

「青い珊瑚礁」は、松田聖子がトップアイドルになった金字塔であるのと同時にカマチ君の災難の始まりでもあったのかもしれない。

あの当時、彼女があれだけの人気者になった時点で同級生のほとんどがカマチ君とその話題にはあまり触れないようにしていた。「凄い」とか「誇らしい」以上に、なんとなく「気の毒」であり「そっとしておいてあげたい」という気持ちが働いていたように思う。

一瞬でいなくなるどころか、年を追うごとにトップアイドルの座を強固にしていった松田聖子。それが理由かどうかは分からないが、カマチ君の家がどこかに引っ越したという話を聞いた。

久しぶりに会って、その当時の事を色々と聞いてみたいものだが、カマチ君とはその後、一度も会っていない。


※2018年6月30日に掲載された記事をアップデート

2019.03.10
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カタリベ
1968年生まれ
安東暢昭
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