5月26日

攻めを貫く中森明菜「ジプシー・クイーン」おニャン子全盛期の軽薄さとは対極!

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photo:Warner Music Japan  

1986年、おニャン子クラブの対極をゆく中森明菜「ジプシー・クイーン」


1986年といえば、オリコンチャート全52週のうち36週の1位をおニャン子クラブ関連の楽曲がジャックした年として歌謡曲ファンの間ではよく知られている。

昨日まで素人だったような女の子達が、フジテレビと秋元康のプロデュースによってあっという間にアイドルになり、さらには数多のアーティストを差し置いてランキングのトップに輝いてしまう様は、まるで “軽薄” という名の魔法に日本中がかかってしまったようにも映る。

それまでアイドル界を牽引してきた松田聖子の結婚・妊娠や、小泉今日子「なんてったってアイドル」(1985年)リリースなど、アイドルという職種が持つ(いい意味での)欺瞞が通用しづらくなり、そのカウンターとして素人同然のおニャン子達が音楽業界を席巻したこの時代。

しかし、アイドル界のトップに君臨する歌姫・中森明菜は「それがどうしたの?」と言わんばかりに我関せず、軽薄とは対極の陰鬱な世界観へと踏み込んでいった。1986年5月にリリースした15thシングル「ジプシー・クイーン」もそうした傾向がよく表れた作品である。

さらなる進化を求めて試みた冒険、攻めの姿勢を取り続けた中森明菜


記録的ヒットとなった「DESIRE」リリースから約3ヶ月。前作に続いてロック調で畳み掛けるのか、あるいはバラードでしっとり聴かせるのか。大ヒット直後の新曲というのはどんなアーティストでも悩むものだが、セールスを落としたくないあまり、つい守りに入ってしまいがちなところだ。

しかし明菜はあくまで攻めの姿勢を取り続けた。アルバム曲を含めて今まで起用したことのない作家陣に新曲を依頼。守りに入るどころか、さらなる進化を求めて冒険を試みたのだ。

作詞の松本一起、作曲の国安わたる、編曲の小林信吾と、いずれも新進気鋭の職人たちによって手掛けられた本曲は、「ミ・アモーレ」「SAND BEIGE -砂漠へ-」といったエキゾチック路線を踏襲しつつも、これらに比べて飾り気がなく、ややもすれば地味な印象をも与えかねないミディアムテンポのナンバーに仕上がっている。

ミックスではボーカルに強めのリバーブを施すなど工夫を凝らし、少女から大人の女性へ、アイドルからアーティストへと脱皮しつつある明菜の魅力を引き立たせている。

歌番組の出演時には赤や青の、胸元の開いたドレスを着用。冒頭、「イナバウアー」のように上半身を反らせるパフォーマンスは、「十戒(1984)」や後の「TANGO NOIR」でも披露した明菜が得意とする振り付けだ。歌の主人公が憑依したかのような明菜の姿に、視聴者や観客はため息をつきながら魅了される他ない。

とりわけ明菜の凄みを感じられるのが『ザ・ベストテン』出演時だ。直前までハイテンションな黒柳徹子と軽妙な掛け合いを行ったあと、わずか数秒にして表情が豹変。短いイントロを経て「♪ 百二十五頁で 終わった二人」と歌い出せば、もう運命に翻弄される悲しきジプシー・クイーンにしか見えないから凄まじい。さっきまで楽しそうに笑っていたのに……! その表現力には貫禄すら漂う。

アイドルの枠には収まりきらないオンリーワン


「ジプシー・クイーン」といえばテレビ出演時にはめていた、左手薬指にキラリと光る指輪にも目がいく。“恋する女は綺麗” とは言うが、その美しさが芸術とも呼べる域に達したのがちょうどこの頃だ。

実際恋人に貰った私物なのか、あるいは衣装の一環か。真相は不明なれど、おそらく左手薬指に指輪をはめて公共の場に登場したアイドルは明菜が初。その意味でも明菜は既にアイドルの枠には収まりきらないオンリーワンの存在となっていたことが分かる。

元々大人びた雰囲気のある女性が、恋の力を手にすればもはや無敵。私生活の充実は明菜をさらに魅力的に変えていった。

 Wine色を染める 重い空に嘆き
 アスファルトのBedに ため息こぼれる

こんな歌詞を違和感なく歌いこなせる20歳は、世界中を探したって中森明菜だけだろう。メロディの抑揚や派手なアレンジは無くとも、明菜の声だけで世界観を構築するには充分なのだ。

セールスこそ前作から3割減となったが、「ジプシー・クイーン」は少女から大人の女性へ、アイドルからアーティストへという明菜の変転がはっきりと感じられる、目立ちこそしないが味わい深い一曲である。



2021.05.16
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カタリベ
1985年生まれ
広瀬いくと
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