1983年の歌謡曲、薬師丸ひろ子、原田知世、そして松田聖子
いきなり個人的な話で恐縮だが、1983年という年は、高校卒業や引っ越しなど、自分にとって生活環境がガラリと変わった一年だった。
そういうガチャガチャした年ほど、細かい出来事を意外と鮮明に憶えていたりして、巷に流れていたヒット曲の印象もとりわけ強かったりする。レコードも頻繁に買っていたし、『ザ・ベストテン』や『夜のヒットスタジオ』などの歌番組も絶好調で毎週欠かさずチェックしていた。
そりゃあもう元気。なんたって18歳でしたもの。
この年でもっとも印象深い歌謡曲は、学業に専念するために一時期芸能活動を休止していた薬師丸ひろ子が復帰し、映画と共に大ヒットした「探偵物語」。カップリングの「すこしだけやさしく」と共に敬愛していた大瀧詠一の作曲であることに歓喜した。
さらに同時上映された原田知世主演の『時をかける少女』 もユーミンが書き下ろした同名主題歌に惚れ込み、すかさずレコードを買ったのだった。初回プレス盤にはジャケットにラベンダーの香りが仕込まれていた。
夏休み興行の映画『探偵物語』と『時をかける少女』が東映系で公開される2週間前、東宝で封切られたのが『プルメリアの伝説』である。主演の松田聖子が歌った主題歌「天国のキッス」はサブタイトルにも付けられた。
そのシングル盤が発売されたのは、東京ディズニーランドが鳴り物入りで開園して12日後、ゴールデンウィーク突入直前の4月27日にリリースと、映画の封切りよりだいぶ早い。「探偵物語」と「時をかける少女」もレコードは早々に出されており、昔の歌謡映画の構造にも似た、曲のヒットを先行させて映画の観客動員も引っ張ろうという意図があったかもしれない。
松本隆曰く、天国のキッスは “松田聖子プロジェクトにおける最高傑作”
デビュー4年目の松田聖子にとって13枚目のシングルとなる「天国のキッス」は、11作連続でオリコン1位の大ヒットとなった。前作「秘密の花園」でピンク・レディーの連続首位獲得数9作を抜いて、連続首位最高獲得数単独1位を記録したばかりの頃―― アイドルとして頂点を極め正にノリにノッていたわけで、それまで、財津和夫、大瀧詠一、ユーミンと続いてきたシンガーソングライター系の作曲家として、細野晴臣が迎えられるタイミングは絶妙であり、もちろん勝算もあってのことだったろう。
毛色は違えど、細野には既に「ハイスクールララバイ」という大ヒット曲もあったし、松田聖子にも1982年11月発売のアルバム『Candy』で、既に「ブルージュの鐘」と「黄色いカーディガン」の2曲を提供していた。
正直に言ってしまうと、松田聖子のシングルの中で「天国のキッス」に対する自分の意識は今までそれほど高くはなかった。83年は「秘密の花園」をはじめ、この後に「ガラスの林檎 / SWEET MEMORIES」「瞳はダイアモンド / 蒼いフォトグラフ」という強力なカップリングが2枚連なったこともある。同じ細野作品でも「ガラスの林檎」は絶大に支持していて、当時、「これは絶対にレコード大賞を獲るべき曲だ」としきりに吹聴していたくらい。実際、レコード大賞では金賞に留まるも、テレビ朝日の『全日本歌謡音楽祭』ではグランプリを獲得している。
ところが、今回この記事を書くためにいろいろ調べてみると、『レコード・コレクターズ』誌2014年11月号の特集「日本の女性アイドル・ソング・ベスト100」の80年代篇にて、実に3人ものライターの方が「天国のキッス」を1位に挙げているではないか。トータルでも聖子作品では「風立ちぬ」に次いで2位。3位の「赤いスイートピー」を上回っている。人それぞれの好みの問題とはいえ、これは私自身「天国のキッス」のことをちょっと過小評価していたのだなと反省せねばなるまい。しかも作詞の松本隆にして、「松田聖子プロジェクトにおける最高傑作であった」と自認していると聞けば尚更である。
作編曲は細野晴臣、1983年の夏の記憶が鮮やかに甦る…
2009年に出されたCD全集『細野晴臣の歌謡曲~20世紀BOX』のブックレットに掲載されている細野へのインタビューでは、もともとは日立のコマーシャルのために作ったインストの曲をモチーフにしたと語られている。1位獲得が連続していた中で依頼を受けたことによるプレッシャーもあったという。
いずれにせよ、プロデューサー的な役割も果たしていた松本隆の策略が見事に成功したということだろう。送り手側にしてみても快心の作だったということだ。細野の立場からすると、結果として1ヶ月前にリリースされていた YMO の「君に、胸キュン。」が2位どまりになるというオチもついたわけだけれども。
これ以降、聖子以外でも、中森明菜「禁区」、安田成美「風の谷のナウシカ」といったアイドルへ曲を提供する際の自信にも繋がったとおぼしい。なお、私的な細野×聖子ソングのナンバーワンは、壮大なバラードの「ガラスの林檎」を別格とすれば、「ピンクのモーツァルト」のB面だった「硝子のプリズム」であります。
これまでは「天国のキッス」を聴く度に映画『プルメリアの伝説』で共演した中井貴一の顔を思い浮かべていたが、これからはもう少し違う意識を持ってこの曲に臨もうと思う。ちなみに同日発売のシングルに、近藤真彦「真夏の一秒」があった。どちらを聴いても1983年の夏の記憶が鮮やかに甦る。
※2018年4月27日に掲載された記事をアップデート
2020.04.27