12月1日

オフコース「さよなら」:スージー鈴木の「OSAKA TEENAGE BLUE 1980」vol.1

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OSAKA TEENAGE BLUE 1980~vol.1

■ オフコース『さよなら』
作詞:小田和正
作曲:小田和正
編曲:オフコース
発売:1979年12月1日

新連載「OSAKA TEENAGE BLUE 1980」を立ち上げます。これは、当時の言葉で言えば「ニューミュージック」、最近の言葉では「シティポップ」を、全然「ニュー」でも「シティ」でもない、大阪の古ぼけた街外れで、校内暴力や、受験地獄、色んな差別などに圧(お)しつぶされそうになりながら、息を潜めて聴いていた私… のような、ある少年のお話です――。

1980年、「校内暴力」がやってきた!


ズーーーーン!

僕の身体の、いわゆる「みぞおち」のところに、札付きの不良、清水のキックがハマった。喧嘩などまったくしたことのない、キックなど受けたこともない僕は、ボーッとした意識の中で「キックがハマるとズーン!という音が身体中に響くんや……」と驚きながら、廊下に倒れた。

1980年の3月のこと。僕は大阪の街外れの中1。去年はそうでもなかったのだが、年が明けてからは、我が中学でも、校内暴力が一気に盛んになった。それでも、不良グループにも優等生グループにも距離を置いていた僕は、暴力やら何やら、きな臭いことにも距離をおいていたのだが、今日は生まれて初めての正面衝突だ――。

たった2日間の物語。キックに至る道筋は、昨日の夕方に始まる。

授業が終わり、クラスの友だち数人で、小田さんという女子の家を訪ねた。友だち数人というのは、男子2人に女子1人。小田さん入れて男子3人、女子2人の計5人が、畳の部屋で、制服姿のまま、馬鹿話をしていた。

小田さんの家は、大阪で「文化住宅」と言われる、いわゆる長屋のような家である。つまりはそう広くはない作りの中で、この畳部屋は小田さん姉妹がメインで使っているようだ。すでに落ち目となりつつあったベイ・シティ・ローラーズのポスターがふすまに貼られているが、それは、お姉さんのちょっと前の趣味だろう。

途中、ジュースでも買いに行こうということになり、友だちの男子2人に女子1人が、近所の酒屋に向かった。畳の部屋には、小田さんと僕だけが残った。

正直、僕は小田さんに、ほのかな好意を寄せていた。美人とか可愛いとかという感じではないのだが、はつらつとしていて、頭も良く、クラスの人気者。そんな、小田さんの存在全体をまぶしく感じたのだ。

まぶしいのは存在だけではなかった。畳の上、セーラー服のスカートの合間から見えている小田さんの脚も、まるでひざ小僧のあたりから後光が指しているかのようにまぶしかった。

その曲は『3年B組金八先生』から


「脚、ずっと見ていたいなぁ」と思っていたところに、小田さんが話しかけてきた。

「先週の『3年B組金八先生』、見た? 良かったわぁ。沢村くん役の田原俊彦っていう子、めっちゃ可愛いねん」

金曜8時、僕の家のブラウン管には、10チャンネル・読売テレビの『太陽にほえろ!』が流れることになっていた。4チャンネル・毎日放送の『3年B組金八先生』が話題になっていることは知っていたが、正直、まったく見ていなかった。

ちょっと前なら、その時間は、6チャンネル・朝日放送で流れていたプロレス中継だった。また、春から秋にかけては、サンテレビの阪神戦も多かった。でも今は『太陽にほえろ!』なのだ。特に理由などないのだが。

だから、キンパチセンセイやタハラトシヒコについて、何も知らなかった。残念。

「それでな、沢村くんのバックで、めっちゃ哀しい歌が流れてんけど、その曲名知りたいねん」

僕は、音楽には詳しかった。詳しいことが周囲に認められていたから、小田さんは僕に聞いてくれたのだ。答えたかった。即座に答えたかったのだが、『太陽にほえろ!』派としては、その曲名など、当然分かるわけはない。

残念に思いながら帰宅し、いつものように、家のステレオでFM大阪をかけていたら、偶然、女性パーソナリティが「はい、ボストンの『ドント・ルック・バック』に続いておかけしたのは、オフコースの『さよなら』でした。この前の金八先生でもかかってましたねぇ」と喋ったのだ。

「えー! オフコースの『さよなら』やったら、レコード持ってるやん!」

翌日、『さよなら』のドーナツ盤を学校に持っていき、昼休み、ジャケットを抜き出して、小田さんに歌詞を見せた。

「これ! これやっ!」

小田さんはえらく感激してくれた。感激し過ぎて、その場で何度か飛び跳ねた。そのとき、昨日見たばかりのまぶしいひざ小僧が、セーラー服のスカートの裾から少しだけのぞいて、パッと光って見えた。

携帯電話のカメラはもちろん、コピー機なども身近にはない時代だ。小田さんが、『さよなら』の歌詞を放課後、自分のノートに書き写したいと言ってきた。もちろんOKだ。

放課後、春のやわらかい夕陽が射し込む中、小田さんがゆっくりゆっくり歌詞を書き始める。

「愛を止めないで」の歌詞を書いた夜


―― もう 終わりだね 君が小さく見える

歌い出しからして、センチメンタリズムが胸がギューっと締め付ける。小田さんの可愛くて丸い手書き文字が、そのギューっと締め付ける感じをさらに盛り上げる。

そして僕は、歌詞の中に、とても印象的な、一生忘れないようなフレーズを確かめた。

――「僕らは自由だね」 いつかそう話したね

「僕らは自由だね」―― こんな言葉をやりとりする男女関係が、東京に住んでいる年上の世界にはあるのだろうか。「自由だ」と認め合う、上品で知的で、それこそ本質的に自由な男女関係が。

僕が住んでいる、この大阪の街外れでは、まるで考えられないことだ――。

ゆっくりと薄暗くなっていく教室の中、小田さんと2人きりの僕は、心の中で確かめるように、何度もつぶやいた――「僕らは自由だね」「僕らは自由だね」…… と。

『さよなら』の歌詞を書き写した小田さんが、オフコースの他の曲も知りたいと言ってきたので、小田さんのノートを家に持ち帰って、僕が好きだった『愛を止めないで』の歌詞を、書き写してあげる約束をした。

去年発売された『愛を止めないで』のシングルは持っていなかったが、TDKのカセットテープ「AD」にエアチェックしていたのだ。この前、FM大阪でかかっていたボストンのようなギターソロが最高だった。

エアチェックで聴いていたのだから、レコードは持っていなかった。でも確か、ずっと買っていた雑誌『明星』の歌本『Young Song』に載っていたはずだ。去年の『Young Song』から書き写せばいい。

家に帰って、兄貴との相部屋の中で、小田さんのノートをこっそり開く。小田さんの匂いがしないかと、こっそりとくんくんと嗅いでみたが、さすがに何も匂わなかった。が、丸文字を見るだけで、セーラー服のスカートからのぞいた、あのまぶしいひざ小僧が思い浮かんで、僕はとてもいい気持ち、そしてちょっと妙な心持ちになった。

『愛を止めないで』の歌詞を書いた。丁寧に、丁寧に書いた。

そのノートは交換日記じゃないのに


そして翌日。朝、校舎の廊下で、小田さんに、『愛を止めないで』の歌詞を書き写したノートを渡そうとした瞬間、クラスの中でも札付きの不良だった清水が、そのノートをさっと取り上げたのだ。

「お前、これ、交換日記ってやつやんけ!!」

そして中身を見られた。もちろん、愛だの恋だの自由だのと、何だか大人っぽいやりとりが書かれてある。

「あっついのぅー!!」

もちろん清水は、オフコースなど、まったく知らないだろう。だから、本物の交換日記に見えたはずだ。それも、めっぽう大人っぽくて、センチメンタルな――。

「交換日記なんて、10年早いんじゃー!!」

清水に、学生服の首根っこを掴まれた。

迫ってくる清水の大きな身体に負けないよう、心の中で、おまじないのように「僕らは自由やろ!」「僕らは自由やねん!」と繰り返した。迫りくる不自由に負けないように。

それでも、みぞおちにキックがハマった。見事にハマった。ズーン!という音がした。倒れ込んだ僕を見て、小田さんは、大声で泣き出して廊下を駆け出した。

ひざ小僧をバタバタさせながら、廊下の遠くの方に去っていく小田さんを見て、僕は心の中でつぶやいた。

――「もう 終わりだね 君が小さく見える」

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2021.10.17
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カタリベ
1966年生まれ
スージー鈴木
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